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『名もなき77億のあた詩たちへ』

① 名もなきあた詩

今日も山手線が、天子様/禁裏様/玉/天皇/よくわからない透明なミカドの住んでいるお城/皇居を、ぐるり、と囲んで幾台も走っている。
黄緑の輪、ぐるりん、ぐるりん。
この山手線線路こそが日本の東京の御へそ周辺だとするならば、あたしは、東京を走れてる、東京を脳みそで歩くこと以外でライフできてる、と思える、そんな気もして、二週間に一度、必ず、男装の麗人と化して、山手線一周を、ぐるりんとして、お家に帰ることとしています。
男装、それは。あたしの中側を組み組みしている中で、いっとう真ん中にあるはずのなんかを根こそぎ奪われてしまい、それが「無い」から、当然、外側のラインも不確かぼんやりとしたものでしかない女の子のあたしを、体の表面側から男性的に硬化させて、つまり、あたしっていうイミテーションを外からの視線によって形作ること。なんですね。
よって。男装の麗人のあたし、宝ジェンヌのように、かりそめの夢を、あたしプラスあたし以外の人に与えられるような夢想に浸りやすい、ファンタジックな見纏いの人になれるのです。「カキッ、カキッ」、とレゴの構築のごとく自分が見えあがってくるくるすること、この素敵さを、あたしは男装の麗人と化して、山手線一周することにより、手に入れてしまったにょ、のですよ、なんと。
自分の真ん中が無ぁい、真ん中が無ぁい、真ん中が無ぁいばかりか、そいつが災いして職まで無ぁい、ミライも無ぁいって具合で、無い無い連鎖で遂に、もう大して若くないかもかもだけど、いわゆる、括弧若者、としてのありきたりの最終型、限りなく透明に近いメンヘルニートにまで落ちぶれてしまった、いろんな意味で2010年代平凡とほほで故に独自な哀しみのマラルメの旋律すら奏でられなかったあたしにとって、これは、もう、かなり、かなり、画期的な出来事だったのです。
男装の麗人化、これって、一見、コスチュームプレー=コスプレに見えてしまうかもかもですが、プレイ(お遊び)、なんてそんな余裕ぶっこいた系のものじゃ断じてなくって、コスチュームトリートメント=コストリ(衣装治療)という、命かかってるシリアス医療系のもののワンステップであったのですよ、実は。
で。あたしには、この治療が、結構、効き目グッド、なのかもかもしんない今現在のところ、という感じなんですね。本来、コストリの内容は、コスプレでも一番人気のメイドさんであってもよかったかもかもだし、ナースとかも考えてみたのですが、他人にかしずいたり、奉仕したりの職業装束ごっこを、なんで治療でまでやんなきゃいけないわけ? 従属、もーそういうの真っ平なんですけど、はっきりと真っ平! そんなモノマニア考えただけで、女優目指しつつ、実質イベントコンパニオンやキャバ嬢していたときの残像が頭をよぎるわけ、あぁ、もう笑顔と若さの肉のお人形性を幻惑に閉じ込めて自給だけで売って、一秒一秒あたしの肉血以外の人間体の詩(ポエジー)のとこがぎしぎし削られてゆくバイトは嫌―、あぁ、笑いたくもないのに鍛錬積んだ笑顔こさえて、根拠がまるで見えないはったり屋ひげ男女たちの麻痺が伝染してくる平板なお話に相槌を打ち続けて、あたしが首振り人形/奇妙なライン製造機になって、振っちゃった首からうえのパーツとこころ的なものが、くたくた/荒廃した坂を転落しながら狂った歓声をあげるようになるのは御免だよお、嗚呼~あぁ~隷従霊獣/……と、俊即マッハでお脳の複雑な回路がシンプルにうめいて拒否ったし、男装を選んだ理由、それは、上記に示したことと、単に、あとは、「一度でいいから立ちションしてみたい」という夢を子供のころから抱いていた、あたしの好み、でありました。……へへ。にゃはは……。

原宿って、変なコスチュームの人が多いから好きだな。って言うか。原宿みたいな、変コスがユージュアリーで、「こういう服がまとも」支配階級者が一見いないイマジナリージャンクルームだから、あたしが診ていただいてる胡桃沢先生のような奇天烈お医者も生息できるし、コストリ的な治療もできるのかもかもと来るたんびに思うのです。
竹下通りの脇のプラームスの小径にある、薄汚れた六階立てのレモン色のビルの六階。ここに、『原宿エンゼル達の治療院』があります。あたしはここで二週間に一度、「THE・ALFEEの高見沢俊彦」+「華奢なただの日本のおっさん」÷2、な佇まいをお持ちの、かなり古いタイプの割に想像しやすい、ちょいナルシーフェミニン系小おっさん、胡桃沢清麻呂医師に二、三十分のカウンセリングを受けて、その後、このエンゼル院内にある通称『紫の間』=着替え室で、男装をし、この病院の患者さん兼受付のマヤちゃんからトレドミンやレキソタンなどなどのお薬を受け取り、診察料とお薬代金(一回三千六百円ぐらい)を払い、胡桃沢先生にご挨拶をして帰路につくのです。そして男装したままで山手線をば一周する……。この医院を出てからも、コスチュームトリートメントという治療行為がぐるぐるりんと山手線内で続くわけで、まさに、遠足はおうちに帰るまでが遠足です、のあれと同じなわけです。
この医院に通い始めたばかりのころに、この医院のことや先生のことや治療内容を、メールで、あたしのライフが悪化してから会っていない父の再婚相手の母親に報告したところ、
――奈々香ちゃんへ。そこ、変な宗教でしょう? コスモトリートメントとか変だもの。メールごしにも何だか異常な匂いがするもの。止めた方がいいと思うの。マミー怖いわ――
なんて返信が即座に予想通り返ってきて、すごく彼女、心配していたみたいですけれど、一応ちゃんとした医療法人でありますし、胡桃沢先生、結構たくさん医療系の図書も出版されていて学会などでも有名な方であるみたいですし、コスモ、じゃなくて、コスチュームトリートメントだし、何かを売りつけられたりということもまだなく、何よりあたしが心地よいの、だから、ね、一応安心していただいてよい感じですよ? だから、マミー、奈々香のことは、あまり心配しないで、奈々香のことなんかよりも、ね、ほら、今マミーが熱くなってる、カルチャースクールのフラダンスがんばってね、だって、こないだマミーから送られてきたあの目黒区活性化活動ボランティアの駅前でのマミーたちのフラダンスのDVD、あれ見たけどもね、マミー、すっごく可愛かったぁ、うん、あのおば様、おばあ様方の中で、一番可愛かったものマミーが、だって、なんていうか、しなやかさ? そういうとこの次元が、他のおば様、おばあ様方ともう、断然、違ってたもの、ほんと、手の伸ばし方とかね、うん、やっぱり昔日本舞踊とクラシックバレエやってた甲斐あるよ、マミー、そういうディシプリンって、無駄じゃないねー、しみじみ感じたの、ね、だから、がんばってね、フラ、あたしも、まぁ、それなりに、ゆっくり治療、がんばるっていうか続けるから。それとね、あ、蛇足なんだけれど、ごめんね、ほんと、心配ばっかかけて。あとね、何よりも、期待、裏切っちゃって、本当にごめんなさい。あのね、まだ帰れないし、電話で話すこともできなんだけど、まぁ、一応少しずつ、たぶん、回復してるから、あたし。
と、いうような長いメールをポチポチスマホで三日もかけて書いて、継母(マミー)に送り返そうとしたけれど、だけどだけど、結局なぜか送信はどうしてもできないで、メールボックスに保存したままで、つまり心配をかけたままで、無視したままで、今に至ってもいる、という経緯もございます。……はい。

(つづくよ…)

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