音響デザイン担当者が語る!「カムカムエヴリバディ」の”音の演出”
はじめまして。大阪拠点放送局の伊東俊平と申します。
今週放送している朝ドラ「カムカムエヴリバディ」第13週(第58-62回)の音響デザインを担当しています。
「音響デザイン?なにそれ…?」と思った方も多いかと思います。
いきなり聞きなじみのないことばで恐縮です。音響デザインとはなんぞや、を簡単にご説明させていただきますと…
わたしたち音響デザイナーは、「環境音」や「音楽」を使って、“音で番組を演出する”仕事をしています。一般的には「音響効果」と言うことが多いです。
具体的には
・音楽の選曲
・風の音や鳥の声などの環境音
・人物の動作音(フォーリーや生音といいます)
・エフェクト音(「シュイーン」とか)
などなど、さまざまな「音」で場面の臨場感を出したり、話がより伝わるようにしています。
さてさて、すこし前置きが長くなってしまいましたが、本題です。本日1月27日に放送した第61回でるいの回転焼きが商店街の人々に受け入れられるというシーンに、かかっている曲、皆さんはどう感じられましたか?
お気づきの方もいると思いますが、実はこの曲、
“安子が大阪に帰る稔に自転車に乗って会いに行く”シーンでかかっているものと同じ曲なのです。
ほかにも”安子を追って岡山にやってきた稔が、金太に思いを伝える”シーンや、“安子と稔が結婚に至り2人の未来を思う”シーンでも同じメロディーのアレンジ違いの曲を使っています。
ほかにもたくさんのシーンでこの“カムカムテーマ”メロディーのアレンジ(アコーディオン、ピアノなどなど…)を使ってカムカムの世界を作り上げています。
おそらく、カムカムをご覧になっていただいている皆様にはもうなじみの深いメロディーになっているのではないでしょうか。
こんな風に、ひとつの曲を乗せるだけでも、いろいろなことを考えて「いかにドラマを良いものにできるか?」という思いで音づくりをしているのが音響デザイナーです。
ほかにもいろいろなシーンで曲や音にいろいろな“思い”をもって音作りをしてきました。
今回のnoteではそんな「カムカムエヴリバディ」の音の世界に一歩踏み込んだ部分をご紹介できればと思います。(先ほどのメインテーマに込めた思いや、他のシーンでのこだわりポイントも後ほどたっぷり書きます!)
自己紹介
本題に入る前に、まずは軽く私の自己紹介をさせていただきます。
小さい頃から音楽好き(とはいうものの、どちらかというとマニアックなものよりはやりのJ-POPが大好きな人間です)で、楽器に手を出してみたり、父のオーディオをいじったり、とにかくいろんな音に触れているのが楽しい!という人間でした。
そんな「音好き」だったので、大学では映画の録音を専攻。
そんな学生時代を過ごして映像の音を作る楽しさにハマったので、卒業しても「音に関する仕事がしたい!」と、NHKの音響デザイナーに。
そして3年前、大阪拠点放送局に転勤してきました。初めて担当したのは連続テレビ小説「まんぷく」で、まんぷくラーメンの完成のシーンは自分で音を付けながら感動したのを今でもよく覚えています。
背景音を作り出す!
それでは「カムカムエヴリバディ」の音作りについて、まずは「SE」=「効果音」のお話をさせていただきたいのですが…
大前提として知っておいていただきたいのが、朝ドラの撮影のほとんどは、撮影スタジオで行われているということ。(もちろん屋外のロケのシーンもありますが)
スタジオ内には当然、鳥もいなければ風も吹いておりません!
そこで、効果音をつけることによって「背景音を作り出す」わたしたち音響デザインの出番、というわけです。
また、「カムカム」は”100年の物語”であることと、朝ドラで初めて”3人のヒロイン”を描くことから、とにかく展開が早いのが特徴です。
しかも、今回は演出・制作の意図で「○月○日・場所」のようなテロップも使わないということで、いつも以上に気を遣って”音”で時代や季節をしっかり説明する必要がありました。(詳しくは演出チーフのお話をご覧ください!)
音で季節を表現!
ちょっと懐かしい、第2週第6回を例にすると…
この回、手紙のやり取り中心に話が進んでいくのです。しかも一話分15分間の手紙のやり取りだけで季節が【秋(お月見)】→【冬(正月)】→【夏】→【晩秋】と高速で進んでいきます。
もちろん脚本や映像で表現されている部分もありますが、音で感じる部分にもしっかり意図を持って表現するのが音響デザイナーの腕の見せどころ。
はじまりは十五夜の夜に書いた手紙がやり取りされている頃のお話。
セミはもう鳴いていないくらいの時期として、昼間はモズやヒヨドリを中心に、夜にはまだ虫が鳴いている、という表現をして季節感をつくっています。
お正月にはどこからか獅子舞の太鼓がきこえてきたり、
勇ちゃんが野球の試合をしている頃にはセミがしきりに鳴いていたりします。
そして秋も深まる11月のシーンでは、枯れ葉の舞う風の音で冬の気配。
と、このように、その耳に入った瞬間、音だけでも「ああ、〇〇だな」と感じられるように四季の移り変わりを描いています。
ご紹介したシーンの他にも春のうぐいす、初夏のツバメなどなど、いろんな想像を膨らませて音を作っています。
こんなマニアックな”背景音”もあります!
もう一つ、さらにマニアックな音について…「カムカム」でかなーり重要なアイテム、和菓子にまつわるお話です!
実は「あんこがコトコト煮立つ音」や、「回転焼きの生地が鉄板に落ちる瞬間」など、細かい部分での音作りもこだわっています。
決して大きな音ではないですが、「グツグツ」と少し聞こえるだけでもあんこの存在感が違って見えるような気がしますし、静かな部屋に「ジュー」という音が聞こえると、この回転焼きがうまく焼けるかどうか、ちょっとドキドキしませんか…?(いや、普通の人はしないかも…?)
ちなみに、この「ジュー」の音は実際に小麦粉を水で溶いたものを何度も焼いて作りました。
音作りは地道な部分が意外に多いんです。
「カムカム」劇伴のできるまで
さて、いよいよドラマの世界観を作り上げるのに欠かせない、劇伴のお話です。
ちょうど今から1年前の2021年1月に、劇伴を担当していただく金子隆博さんと打ち合わせを行ったのがスタートでした。
「カムカム」では、3人のヒロインそれぞれの持つキャラクターの違いや時代・場所の変遷があるため、それに合わせて周りの人々の雰囲気もコロコロと変わっていきます。
つまり、いつも以上に表現したいことが多く、幅広い曲が必要でした。
安子の穏やかさ、ピュアさ、天真爛漫さをイメージした曲、
るいの心に刻まれた過去の傷を表現する曲、
自転車に乗って河原を走るシーンの曲、
算太がダンスホールで踊るときの曲
棗黍之丞のテーマ曲、
サニーサイドのストリングス・アレンジ、
などなど…ここでは書ききれないほどたくさんの曲をお願いしました。
その数、楽器のパターン違いや後述するジャズのアレンジも含めると今回で作っていただいた曲はおよそ200曲!!(ひとつのドラマでこれだけの曲数になることはなかなかないのでは…?)
金子さん本当にありがとうございました…!!
そして「カムカム」の音楽のみどころといえば、大阪のジャズ。
今回は大阪のエッセンスを盛り込もうと、特別に大阪拠点放送局のスタジオで録音しました。(ふだんは渋谷の放送センター内のスタジオで録音しています。)
トランペット指導にもご協力頂いているMITCHさんはじめ、関西のジャズプレイヤーの皆さんにご協力頂いて収録しました!
ジョーの演奏していた「サニーサイド」やトミーとジョーのコンテストの曲も、このスタジオで録ったものです。
こういった見えない部分でも大阪を感じてもらえたり、楽しんでもらえたら、と思いながら作っています。
メインテーマと、ナベサダさんの話
さて、その200曲の劇伴の中で、私たちが特に大切にしているのが最初にご紹介したメインテーマです。
冒頭の第61回(1.27放送)でご紹介したシーンに、こん身の思いを込めて選曲しました。
るいの曽祖父にあたる杵太郎から、祖父・金太、そして母・安子へと受け継がれてきた「あんこ」をるいなりに「回転焼き」として街の人々に届ける…その出来事の大切さを考えて、「安子編から紡いできた物語のつながりが浮かんでくる曲」を選びたい!という思いがありました。
どこか懐かしく、力強くも優しいメロディー。「カムカム」の世界を包み込む“世代を超えて人と人がつながっていく力”を感じられる、個人的にも大好きな曲です。
そして、この曲の持つパワーの秘密が、メロディーのサックスの音色。ジャズ界のレジェンド、渡辺貞夫さん(通称・ナベサダさん)に演奏していただきました。
ナベサダさんは1933年生まれ。進駐軍のラジオを聴いて音楽を始め、日本のジャズの成長とともにプレイをされてきた、まさに伝説のサックス奏者です。
つまり、ナベサダさんは登場人物たちと同じ時代を生きてきた方。(劇中、ジョーやトミーの話題にも出ていましたよね!)
ジャズが大きな要素になっている「カムカム」を、その時代のジャズを作ってきたナベサダさんのサックスの音色で包む。そういった歴史の重なりにもこだわって作っていただいた曲です。
気づきましたか?私のちょっとしたこだわり
ナベサダさんに関連して、実は選曲でこだわった部分が他にもあるんです。
Night&Day サマーフェスティバルの開演前のシーンでは、アルバム「渡辺貞夫」(1961年録音)からBGMを選曲しています(曲名「ロマネード」作曲 八城一夫)。
その時代に実際に演奏されていた曲でリアルな1960年代の時代感を出す目的と、渡辺貞夫さんという偉大な人物への敬意を込めた、こだわりの選曲です。細かーい部分ですが、お気づきの方はいましたか?
ちなみに、るいがジョーに「サッチモちゃんもレコード買いに来たんやな!」と言われて入った店の店内にもこのレコードがディスプレイされています!
また、同じように第58回でも、今回のジャズ録音に参加していただいたもうひとりのレジェンド、北村英治さんの楽曲もBGMとして選曲させていただきました。
北村さんも1929年生まれの92歳で、現在も精力的にライブを行うなど、最前線でご活躍されているクラリネット奏者です。安子が生まれたのが1925年なので、まさに「カムカム」100年の物語とともに生きてこられている方です。
北村さんに演奏していただいた楽曲も、物語の中で重要なアイテムとして輝いています。
ジャズの名曲が使えない!?
こんな風に、「カムカム」はジャズの歴史と一緒に歩んでいる物語でもあるので、あまたの名曲をぜひ番組で使いたい!と思っていたのですが、実は、結構苦労しているんです…。
そう、著作権です。
ジャズの名曲は海外で作られたものが多く、権利者への確認にかなりのコストが掛かってしまうケースもあります。詳しくは書ききれませんが、とにかく使いたくても使えない曲がたくさん…。
そこで!金子さんに劇伴とは別に、ドラマのために新たにジャズ曲を書いてもらいました。
ひと言にジャズと言っても、実はそのなかにさまざまなジャンルがあったり、年代ごとにはやりのものがあったりと、かなり複雑な進化をしているんです。(と、知ったような感じで言っていますが、恥ずかしながらジャズにはそれほど詳しくなかったので、今回の仕事をきっかけに勉強しました!)
1930年代のスウィング・ジャズ(「シング・シング・シング」「イン・ザ・ムード」「A列車で行こう」などが有名曲)や、1940〜50年代前半のビ・バップ(難解なフレーズ、技巧的な曲が多い)、1950年代後半以降のモード・ジャズ(マイルス・デイヴィスが有名)などなど…
トミーがコンテストで演奏していた「Red Hot」はビ・バップをイメージしています。音楽の英才教育を受けているトミーはテクニカルな曲が得意という設定でかつ、内に秘めた熱さを曲に乗せて書いてもらいました。
そして、渡辺さんや北村さん以外にも「カムカム」のジャズには本当にいろいろなミュージシャンの方に参加していただきました。
たとえば「笑顔のままで(杵太郎のダンス)」という曲には、金子さんの計らいで「日本ルイ・アームストロング協会」の外山喜雄さんにボーカルとしてご参加いただいています。外山さんは「日本のサッチモ」とも言われるほどパワフルな歌声の持ち主です!
物語の中でとても重要な役割を担っている「On the Sunny Side Of the Street」を歌うルイ・アームストロングへの愛が、こういった形でも詰まっています。
まとめ
「カムカム」は、携わっている私が言うのもなんですが、本当に音楽を楽しめる番組になっていると思います。
金子さんの劇伴、さらに物語の重要な鍵となる“On the Sunny Side of the Street”、ラジオ英会話のオープニング(「しょ、しょ、しょーじょーじ」の証城寺の狸囃子)、そして主題歌の「アルデバラン」。
どれもふと口ずさむだけで楽しかったり、明るくなったり、優しい気持ちになれるような楽曲だと思っています。もし日本中のみんなが口ずさめたら、すこーし未来が明るくなるかもしれない、そんな気持ちです。
「カムカム」ではこの先のひなた編、そのあともまだまだ新しい曲(これを書いているのも新曲のレコーディングに向かっている新幹線の中です!)が登場しますので、(物語には集中しつつ)耳を傾けていただけたら幸いです。この記事が、よりドラマを楽しむキッカケになってくれたらうれしいです。
音響デザイン 伊東俊平
▼制作チームから視聴者のみなさまへ▼
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