「名曲アルバム」で踊ってくれ!「ダンシング・イン・ザ・ストリート」
はじめまして。NHKの音楽・芸能番組部におります、ディレクターのサトウと申します。
音楽を扱った番組をいろいろ制作してきました。
かつては「ライブビート」という、バンドとお客さんをスタジオに招いて収録するラジオのライブの番組とか。
あるアーティストや特定のジャンルを8時間半にわたって特集する FM番組 「今日は一日○○三昧」も何本か。(「プログレ」「パンク/ニュー・ウェイブ」「不良音楽」「デイヴィッド・ボウイ」など)あるいは「民謡魂」「民謡をたずねて」などの民謡番組とか。
現在は主に、清塚信也さん・鈴木愛理さんがクラシック音楽のいろいろな楽しみ方をご紹介する「クラシックTV」という番組を担当しています。
そんな雑多な仕事をしてきたのですが、今回は、自分が担当した「名曲アルバム」という番組をご案内します。
「長い」間続いている「短い」ぜいたくな番組
歴史に残る名曲が生まれた現地を訪ねた美しい映像と、番組のために録音された名演奏をお届けする「名曲アルバム」。
1976年の放送開始以来、40以上の国と地域を取材、1300本以上の番組で名曲の数々を紹介してきました。番組の長さは5分。ナレーションもなく、その曲や取材地に関する必要最小限の情報がテロップで入るのみ。
音楽と映像のみをじっくり堪能してもらう、ぜいたくな音楽番組です。撮影地の多くは海外。風光明媚な名所から作曲家の生家まで、なかなか訪れる機会も少ない場所も数多く映し出されます。
そして70人編成の管弦楽団、ジャズのビッグバンド、ケルト音楽など、ありとあらゆる編成の音楽がこの番組のために録音されるのです。考えられないぜいたくさです。
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そんな風にどれだけぜいたくぶりを重ねて申し上げたとしても、皆さんにおきましても正直なところ、意識して「見るぞ」というより、「気がついたら流れている」番組かもしれません。
しかしながら、そうした番組を制作している者もいるのです。ええ。
今回自分が制作したのは、モータウンの名曲と言えば! この曲を挙げる方もいらっしゃるでしょう。「ダンシング・イン・ザ・ストリート」という曲を紹介する番組です。
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「名曲アルバム」といえば、数々のクラシックの名曲をお送りしてきた番組というイメージをお持ちの方もいらっしゃるはず。
ですから、1960年代を代表するブラック・ミュージックであり、マーサ&ザ・バンデラスが歌い、後にデイヴィッド・ボウイとミック・ジャガーも歌った「ダンシング・イン・ザ・ストリート」が登場するのは、意外に感じられるかもしれません。
この「名曲アルバム」、近年は、時代を超えて知られてきた「名曲」として、ポピュラーやジャズ、民謡・唱歌などの楽曲を取り上げることもあるのです。
「名曲アルバム」の作り方
「名曲アルバム」は、この番組だけを専門に制作するディレクターがいない番組です。
他に担当する番組を抱えている状況のなか、部署の中で「回ってくる」番組で、作成が終わると元の担当番組の仕事に戻っていくことになります。
そして、何本もの番組を訪ねた地域でまとめて取材してくることが求められます。ドイツ・オーストリアとか、フランスとスペインとか。
したがって、紹介する曲もその行き先にちなんだものでまとめていくことになります。日本の曲を取り上げることも増えてきました。その場合、曲の由来になっている地域のディレクターが制作に当たることもあるんです。
私は、その中からアメリカを取材地に決めました。
アメリカは20世紀の音楽を数多く生み出した国です。移民の国であり、多種多様な価値観が音楽にも投影されている。有名なクラシックの曲が決して多いとはいえない国なので、この番組で取材されたことも少ないのですが、ポピュラーも含めた視点でなら、自分が紹介できることもあるのではないか、と思ったからです。
そして、こんな曲を選びました。
クラシックからは、ドボルザークの「新世界から」の第2楽章。このメロディーを「♪遠き山に~日は落ちて~」と歌った方もいるでしょう。
そしてコープランドの「ロデオ」。チェコ出身の外国人の目から描いた「新世界から」、アメリカ人の目からアメリカを描いた「ロデオ」、ヨーロッパでは生まれえない曲でしょう。
カントリーからは、ハンク・ウィリアムズの「アイ・ソー・ザ・ライト」。
カントリー音楽の巨人である彼が少年時代に歌ったアラバマの教会にも赴き、彼の音楽がカントリーだけでなくゴスペル的なものを映し出していることを描いてみました。
ルイ・アームストロングが歌った「このすばらしき世界」。
あのメロディーがもたらす郷愁は心を打つのですが、ベトナム戦争が起こっている「世界」を反映したうえで「世界はすばらしい」と歌われる切なさを元に選びました。
サイモン&ガーファンクルの「アメリカ」は、アメリカで生まれ育ったポール・サイモンの「アメリカ探し」と、若者ゆえの「自分探し」がこんがらがっていく美しさが、60年代のアメリカそのものを表しているように思いました。
同じことは、ビーチ・ボーイズの「カリフォルニア・ガールズ / 神のみぞ知る」を2曲並べた番組にも言えるかもしれません。
「世界中の女の子がカリフォルニアの女の子だったら」という楽天的な曲と、「どんなときでも君を愛せるとは言えないかもしれない」と歌う曲が1年を開かずに作られたのです。作曲者のブライアン・ウィルソンも(作詞家の手も借りながら)、おおいに60年代はこんがらがっていたのです。
自分で申すのもなんですが、どれもすばらしい演奏ばかりでしたし、高木カメラマンの映像が映える印象的な番組ばかりでした。
そして、この中の一曲に「ダンシング・イン・ザ・ストリート」を選びました。
この曲を生み出したモータウン・レコードは、かつてデトロイトに本拠地を構えていました。アメリカの繁栄を象徴する自動車産業の中心だったこの街の発展に呼応するように、活気あふれる名曲を次々に生み出しました。
「街に出て踊ろう」というこの曲の歌詞は、一見何気なくみえますが、発表当時は公民権運動の光景を想像させたといいます。そのエネルギッシュな雰囲気こそ、アメリカの音楽に革命的な影響を及ぼしたモータウンを象徴する一曲としてふさわしいんじゃないか、と思ったからです。
そこで、この曲の取材地として、デトロイトを訪ねました。
ちなみに、このアメリカ編のロケ取材は2015年に行いました。先ほども書きましたが、帰国後はふだん担当している番組の制作と平行して行うこともあって、その後の作業をなかなか順調に進めることもできず…。
やっと最後のこの1曲に取りかかるまでになんと6年近く経過してしまった次第で…。きっと、デトロイトの風景もあちこち変わっているはずです。
「名曲アルバム」がデトロイトをご案内
取材とは言え、海外に行けてうらやましい、という声もあるかもしれません。しかしながら、実際はなかなか大変でした。
特に移動。
ニューヨーク→デトロイト→アラバマ→ニューオリンズ→ロサンゼルスという撮影地ごとの飛行機移動もさることながら、現地では車で一日に数百キロ回ったりすることもありました。
1本の番組につき移動日込みで3日程度という日程なので、移動して現場を確認して撮影、という流れを繰り返します。
事前に時間なども決めて取材予定がある物事(博物館や、銅像などのモニュメントなど)もあれば、その地域の空気が出るように気がついたものを撮影する通称「雑感」もありますが、「夕陽のマンハッタン」「人気のないビーチ」「家に帰る人々」など時間の制限がある風景もあったりして…。ひたすらに撮影し続ける日々でした。
どうも自分の記憶は、ひたすら荷物をパッキングしていることと、宿の室内で洗濯して部屋干ししていることばかり。
ひたすらに慌ただしかったのですが、コーディネーターの方の密な取材と交渉もあって、事前に取材先も絞り込んでいて、とてもスムーズに進みました。ありがたい限りです。
このデトロイト編での見どころは、なんといってもモータウン博物館でしょう。
デトロイトの住宅街の一角にある、’68年まで使われていたモータウンの本社。
自前の録音スタジオまで備えていましたが、外観は一軒家を改装したもの。決して大きな建物ではないのですが、ここからたくさんの大ヒット曲が生まれたことを思うと、なんとも感慨深いものがあります。その愛称も「ヒッツヴィル」。
現在、その建物が博物館として公開されています。取材当日もたくさんの人でにぎわっていました。
数々の名曲が録音されたスタジオは、現在実際に使用されることはほぼありませんが、写真やドキュメンタリー映画「永遠のモータウン」などで見られたあの雰囲気をそのままとどめています。
なんでも、いくつかの楽器や機材は当時から変わらずにあるそうです。しかも、さりげなくコーヒーカップやペンが机の上に無造作に置かれていて、まるでちょっとランチでみんなが抜け出したまま時間が止まったみたいに展示が演出されているのも、にくいところ。
個人的に現場で勝手に盛り上がりました。
デトロイトの自動車産業を象徴するフォードの博物館も登場します。
全盛期の自動車の数々が、新車のように磨き上げられた状態で保存されて並んでいる光景は、お好きな方には垂ぜんものでしょう。巨大で堅牢な大統領専用車も見ものです。
撮影時期は4月末でしたが、気温は2~3度くらい。「ダンシング・イン・ザ・ストリート」は夏のイメージの曲なんですが、街の人たちはダウンジャケットを着込んで寒そうです。
街の中心部の人通りはほとんどなく、あまりの寂しさに頭を抱えました。そんななか、地元デトロイト・タイガースの試合があることを知り、コメリカ・パーク球場周辺の風景を収めたりしました。
とにかく聞いてくれ!熱とこだわりが詰まった音楽がすごいんです
さて、この番組のもう一つの主役は音楽です。
今回の音楽録音は撮影の後でしたので、現地で撮影してきた映像を思い浮かべつつ、どんな音楽をお聴かせしようか考えました。
この番組では、ポピュラー音楽作品でもオーケストラなどのクラシック音楽のフォーマットに編曲することもあるのですが、今回は「本物」のモータウンのサウンドを再現できたら…、ということから、夢のようなメンバーでのセッションが実現しました。
まさか、と申し上げるほかありません。
ヴォーカルをつとめた中納良恵さん(EGO-WRAPPIN')をはじめ、日本音楽界のトップミュージシャンが勢ぞろい。
ブラック・ミュージックに深い敬意と愛着をもつ皆さんの演奏は圧倒的!すばらしすぎ!
強力な歌と熱すぎるグルーヴに、思わず立ち上がって踊りだしたくなるんじゃないかと思います。
とにかく、皆さんのモチベーションが半端ではない高さでした。
なにせこの世界では超有名な曲ですし、キーボードのDr.kyOnさんいわく
ほど愛されている一曲。
ライブなどで演奏したこともあったという方もいましたが、録音を前提としてしかも1曲だけに集中して仕上げられる機会なんてあるものじゃなく。ひたすら「楽しい!」というムードにあふれていました。
マーサ&ザ・バンデラスの原曲は構成通りに演奏すると2分40秒ほどなので、番組の長さに合わせて5分近くまで演奏時間を調整する必要があります。
そこで、中盤にモータウンの名曲をメドレー的にたくさん盛り込んでいただきました。編曲は演奏にも参加されているDr.kyOnさん・佐橋佳幸さんお二人のユニット、Darjeelingが担当。
その選曲とつなぎ方は、マニアの方ならニヤリとされるはず。はたして何曲お分かりになるでしょうか?
このメドレーの部分、ブレイクやきっかけもなく、めまぐるしくリズムやテンポがスイッチしていく複雑な構成です。お聞きになると、フレーズごとに録音して後から編集したように思われるかもしれませんが、ベーシックの演奏はメンバーが一堂に会した完全一発録りのスタジオ・ライブ。何度聞いても信じられません。
そして、同じ空気を吸っていることで生まれる歌と演奏が織り成す、たぐいまれな一体感が実にグッときます。
しかも、演奏そのものは確認で1回、ヴォーカル陣を迎えての2回の、たった3回で終了。
とある方は最初のテイクで「もうOKでしょ」と言い放ったので、初めて歌を合わせたばかりのヴォーカルの中納さんが困惑していました(そして中納さんは最初のテイクでも『完璧』だったのにそれ以上の歌を披露してくれました)。
本当にこの日初めて合わせただけなのに。神業と申し上げるほかありません。
そして彼らのこだわりが発揮されたのは、ベーシックな演奏の録音が終わってからでした。
皆さんの関心は「可能な限り原曲に寄せよう」。
その「キモ」を再現するために、細かいダビングが長時間にわたって行われました。
皆さんそれぞれ、細部のフレーズや音色まで考古学のごとく調べてきた成果が、全編にちりばめられています。
例えば、ドラムの屋敷豪太さんは、デトロイトという土地柄なのか、原曲で車のホイールをパーカッション代わりに叩いていることを調べてきて、「手に入るものでホイールに近いものはないか」と自転車のホイールを折り曲げてきたものを持参して演奏を重ねました。
あるいは、ギターの佐橋さんはこの曲には到底必要なさそうなエレキ・シタールを持ってきていました。いつまで経っても演奏する気配がなかったのですが、やっと取り出して演奏に使った箇所はたった7秒。「モータウン・メドレー」のとある箇所で、あっという間に現れて消えていきます。そのためにわざわざなんて面倒を…。
そのほかにも、マリンバやピッコロなど、数秒しか演奏されない楽器もあちこちで聞こえてきます。ぜひ何度もご覧になって、探してみてください。
また、原曲のマーサ&ザ・バンデラスは、リードヴォーカルのマーサ・リーヴスとコーラスが2人(時期によって変わります)という編成。今回コーラスはうつみようこさんお一人なので、あちこちで細かく何度も歌を重ねています。呼ばれるたびに「死ぬまで歌うで!」という言葉を残して迫力のある歌をバッチリ決めまくったお姿は格好良さ以外ありません。
そして後日行われたミキシング。Dr,kyOnさんの立ち会いの下。これまた細かいこだわりが注入されています。
発表当時のモータウンの音楽は基本モノラル。それが現在一般的によく聞かれているステレオにミックスされた音源があるんですが、今回は5.1サラウンド仕様です。原曲の質感を生かしつつ、臨場感のある音響に仕上がっていますので、そのあたりもご覧になれる環境がある方はご注目ください。
こだわりぬいた演奏と歌。ただ単に原曲を完全にコピーするような無粋なものではなく、この日、この場の盛り上がりがガッツリと刻まれています。
この12月には放送も何回かありますし、できれば何度もお聞きいただきたく思います。
というわけで「気づくと流れている」ような番組の筆頭かもしれない「名曲アルバム」ですが、背景ではいろいろなことが起こっていまして、意外と手間暇かかっているものなんです。
今回この曲を取り上げている者が言うと説得力がないかもしれませんが、番組が多く取り上げているクラシック音楽、その入門にもバッチリなんじゃないでしょうか。選曲・いい演奏・簡潔な解説、そして適度な長さ。単純なようで、よくできた番組だと思います。
世界各地の美しい映像と、質の高い音楽の供宴。
ぜいたくきわまりない「名曲アルバム」の5分間。よろしかったらぜひお楽しみくださいませ。
ディレクター・サトウ
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