見出し画像

氷の中にマイクがある!? フィギュアスケート中継・音の秘密

フィギュアスケートをテレビで見ているときに、選手がジャンプする瞬間の「シャッ!」 という音を聞いたことはありませんか?
実は、優雅に演技をする選手たちの足元、アイスリンクの氷の中に設置された、マイクに秘密があります。
なぜマイクを氷づけにする必要があるの? どうやって? どんな役割が?
…などなど、フィギュアスケートをめぐる音の秘密、ご紹介したいと思います!

NHK杯国際フィギュアスケート競技大会のキービジュアル
NHK杯国際フィギュアスケート競技大会 11月24日(金)~11月26日(日)

NHKで音声の仕事をしている安井です。
11月24日から始まる「NHK杯国際フィギュアスケート競技大会」の音声チーフを務めます。
これまでは、オリンピックや高校野球、駅伝などのスポーツ中継や「新BS日本のうた」などの音楽番組、花火の中継などを担当してきました。

音声の仕事をするまで、音は当たり前に鳴っているもの、聞こえてくるものでした。
が、皆さんに放送で「当たり前の状態」として聞いていただくには、さまざまな工夫が必要です。
なぜなら、人間の耳はとても優秀で、聞きたい音を自分で選別して聞くことができるのですが、マイクを会場に一つ置いても、それを再現することができないからです。
たくさんのマイクを使って、聞かせたい音を狙い、それらの音を混ぜて良いバランスで聞こえるように調整して、ようやくふだん当たり前に聞こえている自然な音になるんです。
 
マイクの種類設置位置角度でとれる音が変わったり、音色おんしょくの加工音の混ぜ方によって聞こえ方が変わったり…。
音声担当者の調整次第で、まったく違う印象になる。
それが難しさでもあり、この仕事の醍醐味だいごみだと思っています。

音声技術を担当する筆者
制作中の筆者

耳フル回転!現地の臨場感を“音”で届ける

フィギュアスケートの会場にいると、選手がリンクを滑る音、音楽や会場のアナウンス、観客の拍手などさまざまな音が聞こえてきます。
こうした実際の音を、まるで現地にいるような自然な音として放送で届けるために、わたしたち音声担当者たちがどんなことをしているか、ご紹介していきます。
 
会場の臨場感を作り上げるために、フィギュアスケートでは60本以上のマイクを使っています。
プロ野球中継では35本ほどのマイクを使っていることと比較すると、なんと2倍近い本数です。
 
会場に設置しているおおよそのマイクの位置がこちら。
氷の中リンクや客席だけでなく、天井からもマイクをり下げています。

リンクの中と外、天井にも設置されたたくさんのマイク
赤:氷の中のマイク、青:リンクマイク、緑:天井マイク

ところがたくさんマイクを設置しても、会場ではさまざまな音が鳴っているので、とりたい音だけがとれるわけではありません。
たとえば、リンク脇に置いている青いマルのマイク(以降、リンクマイク)は、選手が滑っている音をとるために置いているのですが、演技中の会場音楽も入ってきます。
さらに、リンク内をねらってマイクを向けているため、音楽はぼんやり濁った音になってしまいます。
演技の様子を伝えるためにリンクマイクの音量をあげると、音楽の濁った音もあがってしまうため、聞こえづらくなってしまうのです。
 
それを解消し、音楽も滑っている音も良い音で聞こえるよう、音色やレベルを調整しています。
もちろん、生中継なので大会の進行や状況に合わせてリアルタイムで!

選手の練習は事前に見ることはできますが、リハーサルはありません。
音声担当者は、数多くのマイクでとれた音をどう選択し調整するのか、演技や流れる音楽に応じてその場で瞬時に判断することが求められます。
頭も耳も、もうフル回転で作業しているのです!

ご紹介してきたように、フィギュアスケートでは、リンク脇のマイクを使ってもリンク中央で滑っている音はとれません。
にぎやかな音楽の演技では、リンクの端でも音楽しか聞こえないことも多くあります。
そんなときに氷の中に埋めたマイクが大活躍します。通称「氷中マイク」

手のひらサイズの氷中マイク
手のひらサイズの氷中マイク

通常のマイクは、空気の振動を振動板で電気信号にしています。
一方、氷中マイクは、マイク自体に伝わる圧力の変化を電気信号に変えて音にしており、選手がアイスリンクで滑っている氷からの振動を感知して音を収録しているのです。
どのように聞こえるか、実際の音の違いをお聞きください。

氷中マイクはこう聞こえる!

この氷中マイクを使用することで、音楽の影響を受けずに、中央で滑っている音を拾うことができるんです。

“氷中マイク”設置の舞台裏大公開

NHK杯2週間前、ついにスケートリンクの準備が始まりました!
 
今回は、大阪府門真市にある東和薬品RACTABドームがメイン会場です。
ふだんここはプールなどに使われていますが、冬季はアイスリンクが設営されます。
 
まず会場全体に、温度調整のための冷却ホースがびっしり置かれます。

リンクの下に敷き込まれた冷却ホース
会場リンク全面にホースがびっしり

氷中マイクはホースとホースの間に設置します。
その数、11個
氷が張られても、位置がずれないようしっかり固定。
この後、水がまかれ、マイクの上には厚さ10cm程度の氷ができあがります。

ホースの間に氷中マイクを設置していく筆者
ホースの間に氷中マイクを設置していく筆者

氷が張られてしまうと修正ができないので、狙った位置に置けているか最終確認。
マイクから伸びるケーブルもリンク設営作業の邪魔にならないようにリンク脇まで配線しました。

水がまかれるのを待つ氷中マイク
無事に配置され、水がまかれるのを待つ氷中マイク

氷中マイクはNHK杯終了後もずっと氷の中に設置したままです。
シーズン終了後、アイスリンクを解体するタイミングでマイクを回収します。

2023年NHK杯国際フィギュアスケート競技大会のマイク位置の図面
2023年NHK杯国際フィギュアスケート競技大会のマイク位置

演技に合わせて、選手のジャンプや着地の様子、速く滑る音がしっかりと伝えられるように、選手の演技をイメージして置く場所を考えました。
たとえば、選手がジャンプすることが多い四隅には、マイクを集中的に置いています。
ジャンプの瞬間、着氷の音を逃さずとるためです。

では、すみに多く設置するワケはというと、実は氷中マイクの真上でとれる音「ガリッ」と聞きづらい音になってしまうから。
選手が真上でジャンプや着氷したとしても、別のマイクでカバーできるようにしているんです。
センターのマイクは、選手がジャンプするときの氷の音はもちろん、演技直前、会場が静まりかえる中、選手が競技開始ポジションに向かう緊張感も伝えています。

今では当たり前になったこの氷中マイクの歴史は、1998年の長野オリンピックにむけて、私たちの大先輩が開発したところから始まりました。
「どうやったら、もっと臨場感ある音を皆さんに届けられるのか…」。
滑走音だけをクリアにとりたい!という先人の思いが詰まっているんです。
私は、そんな大切な氷中マイクを含む数多くのマイクを駆使し、一発本番で音を組み合わせて、競技だけでなく選手と会場の一体感も表現する臨場感あふれる音をみなさんに聞いていただけるよう、意識しています。

NHK杯フィギュア、ぜひ《音》も楽しんで!

今回のNHK杯は、総合テレビの放送はもちろん、BS8K・BS4Kでも放送します。
BS8Kでは、22.2chの立体音響で制作しています。
ちなみに、8K音声中継車には、高精細な映像にあわせた音作りができるように24個ものスピーカーが設置されているんですよ。

音声中継車の車内
22.2ch音響制作用 音声中継車 車内

リンクから離れた客席では聞こえないような競技音も聞くことができるのが放送のおもしろいところです。
選手がジャンプする音は、近くでは聞こえますが離れた客席には届きません。
選手がリンク内で感じている競技の音選手の息づかが楽しめるのも、フィギュアスケート中継ならではの醍醐味です。
会場の雰囲気や白熱した競技の様子を、思いを込めて生中継で伝えますので、ぜひ音にも注目してお楽しみください♪