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パンの上のソーセーキ

「あれ、何だとおもう?」
昼休みの屋上で、押川は”謎の天体”を指差した。

 数年前からだったか、昼間には太陽の横に”謎の天体”が見えるようになった。
 輪郭が曖昧な楕円形の巨大なグレーの物体で、現れた頃、巷ではUFOだ、アルマゲドンだ、などと騒がれた。
 テレビはどのチャンネルでも昔の予言を探しては、こじつけた。「”ノストラダムスの大予言”にある”恐怖の大王”が遅れてきた」や、「マヤ文明で何千年も前から人類滅亡は予言されていた」なども観たような気がする。どの説も、過程は違えど、結論は総じて「人類が滅びる」とするものばかりだった。僕はそれを不安に思いながらも、何かが起こるのではないか、と少しワクワクしていたのを覚えている。
 しかし、人類は滅びなかった。それどころか数年経っても当たり前のように在る”謎の天体”は月や太陽の様に、”いつも空にあるモノ”という市民権を得ていた。
かく言う僕も、押川が指差すまでは空気くらい気にも留めなかった。

「ガスの塊とかじゃないの?」
「おれは、手、なんじゃないかと思ってる」
 押川は、にやりと笑い、手をひらつかせた。
「手?には見えないだろ。それなら・・・ハムスターとかの方がまだ似てると思う」
「いや、何に見えるとかじゃなくて、意味的にだよ」

 押川はいつも、さも真実を明かすかのように持論を語る。
 おそらく彼の思い付きを、ネットの情報で武装しただけの物。だがたまに、これが真実なのかもしれない、と感じる事もあった。
 例を挙げるとすれば「どんぐりのあの子供心をくすぐるデザインはどんぐり自身の陰謀だ」という話は興味深かった。
 しかしこちらが身を乗り出して聞き始めると、飽きるのか、恥ずかしくなるのか、自分で話を蹴散らして、急展開に持ち込み、終わらせるのだ。
 どんぐりの話は、「世の中の母親は、もれなくどんぐりの仲間だ」というところで打ち切られた。おかげで僕の頭の中には不完全燃焼のどんぐりがずっと残っていて、どんぐりを見る度に陰謀論と母親が頭をよぎるようになってしまった。
 何度も振り回された身としては、話を逸らしておきたいところである。

「そう言えば押川、メシは?お腹空いてないの?」
「ぺこぺこ」
「・・・忘れた?」
「いや、パンはちゃんと持ってきたんだけど。でも」
 うつむき、地面を眺めたまま押川は続けた。
「パンは、やめたんだ」
 僕は露骨に首を傾けて見せたのだが、押川はさらに
「コウボって知ってる?」
と続けた。

「パン生地を膨らます菌みたいなやつ?」
「そうそう、そのコウボ。コイツらがどこから来るのか気になって、授業中に調べてたんだけど、実はコウボってそこら中にいるんだって」
「へえ、知らなかった」
「そのコウボが紆余曲折あって、巡り巡って、そのソーセージパンをも膨らました訳なんだけども」
 押川は僕の手元のパン屋の袋を指差した。
「まあ、そうなんだろうな」
 指名を受けたので、ソーセージパンを袋から出してみせた。
「そのソーセージパンがここに来るまでに、それはそれは、長く険しいストーリーがあるわけ」
 押川は、遠い目をしながら言った。
「まず、コウボの世代交代って、2時間くらいらしいんだよ。つまりは、おれたちが1日、何も考えずに過ごしてる間にも、コウボは12世代交代してるんだ」
「えっと・・・12世代って、人間でいうと?」
「ニンゲンの世代交代を”子供が産まれたら”としてみると、早くて20年くらい。20年掛ける12世代交代だから、240年くらい」
 授業中に計算と調査は終えていたらしく、
「ちなみに、240年前、ニンゲンはまだ空も飛んでないんだぜ」
と、付け足した。

「僕らがいつも通りの1日を過ごす間に、コウボはそれくらい発展しててもおかしくないって?」
「そのとおり。現にコウボは、空を飛ぶどころか、宇宙を旅している」
「宇宙?」
「コウボは埃に乗って旅をするんだよ。5ミクロンのコウボにとっては宇宙旅行も同然」
「なるほど・・・ちなみに、」
「1ミリを1000分割しのが1ミクロン。5ミクロンのコウボがパンキジに上陸するまでは、映画化できるくらいの大冒険だよ」
「地味そうな映画だな」
「”コウボ・THE MOVIE”」
「安直」
 押川は鼻息を荒げた。
「いや全米が泣くぜ?新天地を見つけると言う夢を追いかけて、コウボ達は宇宙に飛び立つんだ」
「・・・そう聞くと壮大に聞こえる」
「意気揚々と宇宙を旅するコウボ達。・・・しかし、現実は甘くなかった。あるかどうかもわからない新天地がそう簡単に見つかるわけもなく、夢半ばに寿命を迎えてしまうのであった」
「え、終わり?」
「しかたないよ。5時間くらいは飛びっぱなしなんだ。コウボ達にとっては50年くらいに当たる」
「50年か・・・それは寿命を迎えてもおかしくないな。全米は泣かないけど」
 押川は、手のひらをこちらに向け、まあ待て、とジェスチャーを出しながら息を吸い込んだ。
「しかし!物語は、コウボの夢は、終わらない!宇宙船の中で生まれた次の世代、そう、コウボジュニアに託すんだ。”コウボ・THE MOVIE エピソード2 ~導かれしコウボたち~”」
「連作!」
「コウボジュニアは親世代の夢を、遺志を継ぎ、新天地を見つける事に全てを費やした。・・・そして、気の遠くなる様な長旅の末、ついにコウボ達は新天地にたどり着くんだ」
「そこは?」
「コウボの衣、食、住、全てが奇跡的に揃ったような、まるでコウボの為だけの楽園!」
「そんな場所が!」
「そう。そして長くて1週間、コウボ達にとっては1600年くらい、そこで過ごすことになる」
「1600年も!」
「文明も進み、数も増え、楽園の覇者となったコウボ達。空を飛んできたなんてもはや、アダムとイブの神話レベル。最初に宇宙に飛び立ったコウボの大冒険も、新天地にたどり着いたコウボジュニアの偉業も、伝説として子々孫々に語り継がれている事だろう・・・。素直じゃない大人コウボなんかは、先祖が宇宙を飛んでこの地に来たなんて、フィクションだと思ってるかもね」

 正直、僕は世代を超えて物語が紡がれる、という作品が好きだ。スターウォーズも刺さるし、ドラクエもⅤ派である。なのでコウボジュニアが親の悲願である新天地にたどり着いた事も、喜ばしい。
 だが、手放しで喜べないという事を僕は気づいていた。
 これはコウボの話。そしてパンの話。
 物語がここで終わらない事を、彼らの末路を僕は知っているのだ。

「・・・まだ続きがあるよな」
 押川は静かに頷いた。
「”コウボ・THE MOVIE エピソード3 ~コウボ達は手のひらで踊る~”」
「・・・やはり」
「そう・・・コウボの発展は、コウボが切り開いた訳じゃあなかったのだ。安寧の地とは即ち、コウボを培養する小瓶だった」
「コウボの為の、いや、”コウボを増やす為”の環境だから、楽園の存在は奇跡でもなんでもなかったわけか」
「その通り。そんなことに気付けるはずもなく、せっせと文明開化をしていたのであった。・・・そして1600年続いた歴史が突然終わりを告げる」
「・・・パンキジに上陸」
「分かってきたね。そう、パンキジに上陸。何が起こったかわからないまま、コウボ達は適応しようと、死に物狂いで新たな土地、パンキジを耕す」
「・・・そうやってパンキジは発酵するのか」
 押川はまた静かに頷いた。
「ある程度パンキジが膨らんだところで地殻変動。その後に灼熱地獄。最終的に、ニンゲンに食べられちゃう」
「残酷だ・・・全て仕組まれていたなんて知らないまま食べられるのか」
「うん。・・・これはもう、ニンゲンが生きていく為、てレベルを越えた暴挙だと思うんだよね」

 今までコウボの存在は知ってはいたが深く考えたことは無かった。しかし、僕は知ってしまった。
 手元にあるソーセージパンがひどく悲しいものに見え、同情すら覚える。逆にニンゲンには怒りが沸いた。しかし僕はそのニンゲンで、まさに、食べるためにこの、コウボ達の夢の跡であるソーセージパンを買ったのだ。
 押川がさっき言った”パンは、やめたんだ”という言葉を思い出した。さっきは何を言っているか理解しようともしなかったが、今は違う。

「・・・だからパンをやめたのか?」
「・・・まあ、それもあるけど、もう一つ気づいた事があってね」
「聞かせてくれよ」
「”コウボ・THE MOVIE 外伝 ~因果応報~”」
「何?」
「このセカイ。あ、パンキジじゃなくて、チキュウな。このセカイを、カミサマが創ったって話知ってる?」
「・・・7日で創った、てやつ?」
「それそれ、ソラとウミ、ダイチ、ショクブツ、ドウブツ・・・とかを創った。それまでで6日かかったらしい。7日目は何をしたかしってる?」
「・・・ヒトをつくった?」
「自惚れるな、ヒトはドウブツ」
「・・・じゃ、わからない」
 押川はうんうん、と頷きながら
「休んだんだって」
 と、さらりと言った。
「・・・6日でできちゃったじゃんセカイ」
 押川は人差し指をこちらに向け、目を見開いた。
「と、思うだろ?ところがどっこい、おれの調べによると、まだできてないんだよ、セカイ」
「どういう事?」
「・・・落ち着いて聞いてほしい」
「はあ」
「・・・7日目、正確には7日目以降、かな、休んだっていうのは、待ってるんだよ」
「何を?」
「パンキジで言うところの、発酵を」
「発酵・・・」
「そもそも、ニンゲンだけに許されてるなんて甘い話ないもんな」

 押川はまた”謎の天体”を指差した。
「だからおれ、あれが手だと思うんだよ。『そろそろ、これ、いいんじゃね?』て、地球をちょっと指差してる状態」
「・・・まってどういう事?」
押川は、ため息交じりに、やれやれ、と口に出した。
「だから、チキュウは発酵待ちのパンキジみたいなものだって事」
「・・・じゃあ、カミサマって?」
「コウボにとってのニンゲンに当たる」
「えっとつまり?」
「カミサマがチキュウをこねて、ニンゲンを上陸させて、発酵・・・ていうか・・・例えば・・・コンクリで固まったさくさくのチキュウを、焼いたりして、」
「食べるの?」
「そう、パクリ!」
「パンをかじるように?」
「パクリ!」
「さくさくのチキュウを食べるためだけに、ニンゲンはチキュウで生きているのかもしれない?」
「ニンゲンがふわふわのパンを食べる為だけにコウボの運命をもてあそんだように、カミサマはさくさくのチキュウの為にニンゲンの運命を絶賛もてあそび中なのであった」
 思考の整理が追い付かない僕に、押川は追い打ちをかける。
「”謎の天体”も、今の科学力をもってして、まだ謎のままなんて、ニンゲンの想像を超越した何かであることは間違いないと思わない?」

 僕は自分を”加害者側”だと、ほんの少し前まで思っていた。偉そうにコウボに同情したりもした。
しかし、置かれた状況はコウボと何も変わらないのかもしれない。
 ”チキュウを美味しく食べるためにニンゲンを使ってコンクリートでさくさくに”なんて、はたから見ると、馬鹿げた妄想で、間抜けな杞憂に見えるだろう。しかし、実際に、僕の手元にあるソーセージパンは、紛れもなく”パンを美味しく食べるためにコウボを使ってふわふわに”したものなのだ。

「なるほどな・・・それは、パンをやめたくもなるよな。・・・このパンにもコウボ達の文明の発展と破滅の歴史があるわけか、ソーセージまでのせられて、な」
「うん、ニンゲンの本当の使命に気づいてしまうと、パンを食べる行為が非常に滑稽に感じて・・・なんか、こんな話して悪いな」
「本当だよ。なんか僕まで食べにくくなった」
「悪いな・・・ほんと」
「まあいいよ、ソーセージパン、もう食べるのやめよ」
押川は優しく微笑むと、パン屋の袋をゆっくりと僕から取り上げた。
「そうか・・・じゃあ・・・遠慮なくもらうよ」
「え?」
「2限の前にもう食べちゃったからもう辛くて。助かるよ」
「え?」
「え?」

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