見出し画像

能のワークショップ『みなとコモンズの〈砂浜〉で、能「高砂」の謡(うたい)を声に出して、遠い〈砂浜〉を想像してみる』に参加したら、能の感じ方が変わった!新しい素敵な場所も知れた!

俳優で金春流門下の
立本 夏山(たちもとかざん)さんの
初心者向けの能のワークショップのため、田町まで行ってきました。
以下感想などの雑記です。

ワークショップの内容は、
・俳優目線からの呼吸の練習
(能では呼吸や発声練習いっさいないらしい)
・能の基本姿勢や“すり足”の練習
(常に前傾姿勢。“仙骨:尾てい骨の周りの骨/周りで体をグッと支えるので、短時間でもものすごく疲れたー😆)
・謡(うたい)の練習。有名な「高砂」の一節をみんなで。
・合間に能とはなんぞやとか、能舞台の説明、能の稽古の様子、立本さんが入門している「金春流」と他の流派との違い、などなど…
短時間でたくさんの面白いお話を聞けました。

印象に残ったこと

◆立本さんの声の「とてつもなさ」

“ちょっとやってみますね”って言って「たぁかぁさぁごぉのぉぉー」って発声された時の、声の響きたるや!

4階建ての大きな鉄筋のたてもの全体を震わせるような、豊かな響きと太さ。波動…!
いきなりバリトンのオペラ歌手に間近で歌われたかのような面くらいっぷり。

「はい、やってみて」
って言われて、参加者みんな、思わず
“できないヨ…”って躊躇してました🤣

◆能の地謡(じうたい)の一体感や高揚感

…でもまぁ、やってみるとこれが楽しくて気持ちいい。

実際の能稽古で使われる歌の本の一節のコピーが配られたんだけど、達筆な手書きで言葉があり、抑揚の指示記号が言葉の横にチョイチョイッと書いてあった。

声に出すと、歌のような抑揚がついていて、立本さんと一緒に皆で声を出すと、その音程やテンポがカッコよくて、気持ちいい。

…これ、浄土宗のお経と似てるなぁーって思いながらやってた。

母の実家が大きな農家の本家で、私は小さい頃よく親の都合でそこに預けられてたんだけど、盆と正月に親戚一同が40人以上が集まって、お経を全文唱えてたの。40分くらいかなぁ?すごくでっかい声で。
その時の一体感、気持ちよさを思い出した。

お経ではリードを取るのが本家長男で、周りが合唱する。コレが能の“地謡”と似てるなって。
上手い人は惚れ惚れする格好良さで。それを頼りにみんな合わせるの。そこもなんかそうかなって。
お経の本も能の歌本とすごく似てた。言葉の横に書いてある節とかテンポ表記とか。

能って神様に捧げる芸能だ、って聞いて、
だからかー、となんか納得。
立本さんお坊さんにもすぐなれるよ!(違うって🤣)

◆能のアヴァンギャルドさ、即興性と、包括性

歌本や言葉はあるんだけど、謡い方に厳正な決まりはなくチューニングもないから、
“シテ(リードボーカリスト?)”のやり方によって、高低やテンポは常に違うんだって。

地謡は「この人はこういう感じ」というのを瞬時に理解して、そこに合わせていくそうな。

えー、決まりがなくて毎回即興?!
カッコいいじゃんねぇ。

あと明確なチューニングはないから、
みんなの声がちょっとずつ違うことで、謡全体に厚みが出るそう。

決めすぎず、融和する。ばらつきも厚みに。

あんまり詳しくないけど、和楽器の演奏や音も、ちょっとそういうとこあるよね。
(阿波踊りの篠笛をやり出したのでなんとなく考えてる)

その辺りが西洋の歌(芸術)と違う、日本的なもの・良さだったりするのかなぁって思いました。

そしてそれはもちろん、
鍛錬を重ねた個人の厚みのある声、全員が何度も声を重ねてこそできる完成形であり、
シロウトが90分やってできるものじゃないんです、というのも思い知るわけ。

なので今度能を見たらもっと「おおおぉすげー!!」ってなれると思う。理由と違いとポイントがわかるようになったから。

◆能や芸術の、癒しや再生の力(2025年2月14日追記)
一番大切だな…と思っていたことがようやく言葉にできそうなので追加します。
なんで能を始めたか、、という話を立本さんがしてくれた時。

「たとえば、近しい人が亡くなったとする…
そのどうしようもない状況・気持ちに一人で向き合うのって、
とてもつらい。
でも、能の舞台で”幼い子供を亡くし、自らも死んでしまった女の幽霊が
浜に出てきて涙を流しています”
と表現されると、それって、自分の悲しみとは別なものとして、
スッと受け入れられる気がするというか、
腑に落ちることがあるんじゃないかと思う、
そういうところが能の素敵なところ」

というようなことを話してくれたんだけど、
あ、それって、芸術の持つ「癒し」とか
「自分の外に置くことで、受け入れていく」力だなあって思ったんです。

少し前に読んだ本にも通ずる”こたえ”のようなものがそこにあったなあと。

「描く、観る、演じる アートの力: 芸術療法はなぜ心にとどくのか」
/東大アートと精神療法研究会編

本の内容をざっくりいうと、芸術って、無心にそのことに携わることで心に「余白」ができる、そこに精神疾患への安定や改善の糸口があるのではないか…という内容。
これがとても響いて、大事に考えていました。

芸術にはそういう、癒しとか再生とかを「やろうとしてやる」わけじゃなくて、接することで不意に”フワッ”と誰かの大事なところに繋がる…
それはその人の、マイナスに落ち込んでる何かを少しだけプラスにしてくれるかもしれないし、生きる力になるかもしれない。

そういう瞬間があるよね。
だから尊く、大切にしたいんだよねっていうのが
また一つ確かになった瞬間だったので、記しておきます。

◆会場「みなとコモンズ」のホワッとしたオープンさ

旧三田図書館を期間限定(今年3月まで)で開放して、港区のアートや人々の拠り所としてどう使うかのモニタリングみたいなのをしてるそう。その内容は2027年オープンの区の新施設の参考になるらしい。

3階の「砂浜」ってところは、縦長の採光豊かで広々した空間で、Wi-Fi完備だしお茶飲めるし、小さな子供は勝手に遊んでるし、町の人が来て休憩して一緒に見物してたりと、のんびりといい空気が流れてました。

古い図書館の居抜きだから当然、垢抜けてはいないんだけど(ごめんなさい)、お金をかけすぎず、でもオシャレで面白い内装の工夫とか、考えられたテーブル配置などしてあってとても素敵だなぁと思いました。

地下の展示も行ってみた。
薄暗いスペースに
海中の映像が大画面に投影されてて、
リクライニングベッドがいくつか置いてあります。

立本さんの嫁さまが、小さな子と一緒に寝てた。
ただ静かに休むだけでもいいそう。
ベッドに横たわると、
確かに、心地いい…

映像は、海中に、袋に入った金魚と一緒に泳いでる人が映ってて
「あれ袋破けたら金魚死んじゃう…」
など、ちゃんとみてるとちょっとモヤモヤする内容。

普段の感覚をナナメから捉えなおす…
さすがアート作品、と思ったり。

作品が大画面3面に投影できる空間、豊かでした。

※※※
ワークショップの主、
立本さんは国内外問わず活躍する俳優であり、能の「金春流」の門下生でもあります。

たぶん15年くらい前に、ダンスカンパニー「パパ・タラフマラ」のワークショップでご一緒した時、その瑞々しい感性といい声と、ものすごい身体能力(確か前は某大手ミュージカル劇団にいたって聞いた)に驚いたのでした。

その後劇団を立ち上げたり、ダンサーとして活躍されたりと色々してるのは
自分がステージのお客になったり、SNSで見て知ってたけど、
ちゃんと再会するのって出会って以来?くらいのお久しぶり感。

まぁ〜相変わらずの好青年でした。

そして子沢山。5人のパパで、当日も嫁さまに連れられて下の3人のお子が来てました。

お父さんの能の実演の傍で、のびのびとかけまわる子ども達…
芸術に身を捧げつつ、子育ても両立してる姿、いいなぁーと思いました。

ちなみにこのワークショップに同行予定だった長女チー小3。
当日になって「今日はやすみたい…」とのこと。理由を聞くと、次の日が忙しいので今日はゆっくりしたいそう。

いちおう事前に了承はとってたものの、子どもの本心まで掘り下げられてなかったことをちょい反省。
わかった、でもママは行くね。行きますって約束したし、お金も払うし。
なにより行きたいから。

という事で1人の外出となりました。
結果、羽を伸ばせてちょーよかったですw

チーも宣言どおり一日中パジャマでインドアを満喫した様子。

2/1、いい1日となりました。

参考に
みなとコモンズの紹介ページ
https://artscommons.asia/projects/%E3%81%BF%E3%81%AA%E3%81%A8%E3%82%B3%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%82%BA/

立本夏山さん
https://kazan-tachimoto.amebaownd.com/

いいなと思ったら応援しよう!