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「あだ名」呼びから離れることで、自分を再生産する

私は本名も「髙橋」です。日本には「高橋さん」が150万人いるらしいですが、「髙橋さん」は4000人らしいので、早くも身バレの危機です。

私は、生まれながらのオタクで
→国立大卒
→新卒一年目で適応障害、休職
→転職
→安月給だけどゆるゆる働きながらオタク
をしている20代の女です。

そんな本名でnoteなんて危険なことをするかというと
私は今まであだ名によって自らが失われていたのかもしれない、と思ったからです。

いままでの人生で、私は「髙橋」と呼ばれることが少なく、いろんなあだ名で呼ばれてきました。

親からは下の名前で呼ばれることも多いですが、それがどんどん派生して、最終的に名前の跡形もない「権助ティーナ」と呼ばれたりもして。

小学生から高校生までで一番呼ばれたあだ名は「ババア」(大半は男子)
大学生になって誰もババアと呼ばないことに感動したのを覚えています。

というわけで、小中高のあだなの一部をご紹介。


「悪魔」「破壊神」「りんご」「唐辛子まんじゅう」「ババア」「ババゴン」「師匠」「悪い方の高橋」


本当に女子のあだ名? りんごはたいそう可愛い方です。
最後のはクラスメイトにめちゃんこ可愛い同姓の女の子がいて、その子が「良い方」、私が「悪い方」という意味でした。
本当にその女の子は天使なので、甘んじて「悪い方」を受け入れてました。

このあだ名は、口うるさく声が大きいおせっかいで発言が多いタイプのコミュ障の私につけられたものです。

髙橋、と呼ばれることもありましたが、高校の同級生に高橋が7人いたことで、自分のことを呼ばれてるようには思えませんでした。

でも、今考えると、高橋みんななんだかんだ下の名前で呼ばれてたから、髙橋を示すのは私のことが多かったのかもしれない。やばい、論旨がずれる。

でも当時の私は自分が髙橋だと自認できなかったし、正直「どう呼ばれても私が呼ばれていると分かれば良い」と言っていたし、思っていました。思っていたんです。

しかも、オタクとしてSNSの上で過ごしていることが大半でもあり、自分のことをいろんな名前で呼ぶ人間が増えていきました。

そんなわけで、髙橋と自認できない私は大学生になると、自らあだ名で名乗り始めました。
なんて呼ばれてもいいけど、わかりやすい人と区別が浮く名前の方が良い、
私はそう思っていました。

すると、私は人から名前を覚えられなくなりました。
下の名前から来たあだ名ですが、下の名前も曖昧な覚えられ方になり、もちろん苗字の「髙橋」なんて覚えられることは少なく、「あれ? 高橋っていうんだっけ?」と言われることもしばしば。

そんなこんなで、私の生まれながらにしてのアイデンティティは薄く薄くなっていきました。

…………いや、嫌だって言えよ、と。
今の私はそう思う。

ババアも、唐辛子まんじゅうも、師匠も
嫌だったんでしょ? じゃあ、言いなよって。

でも、言えなかったんです。
だって、私のポジションが欲しかったから。

私は、あだ名を付けられることで、そのコミュニティの中に居場所があると思い込んでたんです。
たぶん実際そういう面もある。

でも、「ババア」で生まれる居場所ってなんだったんでしょうね。
今でも続いてる友達は結局、私を私と扱ってくれる人たちだったし、なんだかな〜〜〜〜〜、結局己を大切にしてくれる人たちを大切にしたくなる。

自分が自分を大切にするためにも、私はここで「髙橋」のアイデンティティを再生産しよう!
と思ったわけなのです。


自分語り、ご清聴ありがとうございました。




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