page 20 陽炎
it's story of the Mr. 神島 蓮
「じゃあな」って快の言葉が
いつもより暗いトーンで聞こえた。
「お友達ですか?」
「ああ、
うん。
高校時代からのね」
彼女が快を知らない事に違和感を覚えた。
知るはずも無い。
彼女は汐音じゃないんだから。
「浴衣、とっても似合ってますね」
「いや、それは心羽ちゃんでしょ。
向こうから歩いて来た時、
花が近づいて来たって思った」
「花火大会、
これから始まる感じですかね?」
赤く染まった頬をヒマワリで隠すように
少し俯きながら
心羽ちゃんは呟いた。
「やべ、少し急ごうか」
「はい」
「露店のぞきながらゆっくり向かうはず
だったんだけど…」
「もう少し早く待ち合わせすれば
良かったですね」
・
彼女の敬語に距離を感じる。
それは初対面だから当たり前で
・
「まあね、
けど仕事だったんだよね?」
「はい。
今日は早く上がらせてもらえて…」
「お仕事、
何してるのか聞いていい?」
「あ、言ってなかったですか?」
・
初対面なんだから
汐音じゃないんだから
・
「言ってなかったし、
何となく聞いてかなった」
「実家がカフェを経営していて
というか、
今は兄が引き継いでいて…
私はそこで働いているの」
「へー…、
そうだったんだ」
小股で歩く彼女の下駄がカランと
涼しげな音をたてた。
足早に鳴らす下駄の音が折り重なり
スピーカーから聞こえる音楽に、
気持ちごと追い立てられる。
「履き慣れないから早く歩けなくて…」
「大丈夫?
俺もだよ。
ゆっくり歩こうか」
ホッとしたように微笑んだ笑顔に
行き交う人並みが陰を作る。
「てかさ、
何で心羽ちゃんだけ敬語?」
合わせた目が噴水の水しぶきに揺れる。
〝心羽ちゃん〟と名前を呼ぶ事に
密かな違和感を感じていた。
その度、
その違和感をかき消すように
会話を続けた。
「今夜は、色々話したい」
・
汐音じゃないって分かってる。
けど、
こんな風に出会えて
こんな沢山の人の波間で巡り会えた。
それって凄い事だと思うから。
・
「ブログ
…いつも読んでくれて嬉しかった
コメントくれて嬉しかった」
一生懸命敬語じゃない話し方で
気持ちを開いてくれようとしてる。
「ははは、
今更、振り出しに戻った会話?」
「毎日のようにメッセージするように
なって…
迷惑じゃないかって気になったり」
きゅっと結んだ口から
少し不安そうに言葉を紡ぐ。
「この写真を投稿したら
蓮くんは見てくれるかな…って、
いつの間にか考えるようになってた」
ドン
大きな音で花火大会の始まりを知る。
胸の高鳴りが聞こえてしまわなくて良かった
ヒマワリを大切そうに抱える彼女の横顔に
目を細めた。
髪につけた花が風に揺れて
繰り返し照らされる光に
気持ちを持ってかれそうでぎゅっと
自分の手を握りしめた。
〈20〉