小学生が道端で入れ歯を拾った話
小学校2年生くらいの出来事である。
学校からの帰り道を一人でぼんやり歩いていた私は、歩道の前方に見慣れない物体が落ちているのを発見した。最初はそれが何なのかわからなかったが、だんだん近付いていくにつれ、白とピンクの鮮やかな配色、そしてその独特のフォルムにピンとくるものがあり、心臓がドクンと波打って、気付いたときには全力でその物体に駆け寄っていた。入れ歯だった。正真正銘、上の総入れ歯だった。
目の前に入れ歯が落ちている。この状況に興奮しない小2が果たしているだろうか。だって、入れ歯である。あの有名な、入れ歯である。非常にファニーなアイテムとして存じ上げてはいるが、実物をこんなにまじまじと見るのは初めてだ。まだ抜けた乳歯を屋根に投げたりしているお年頃。入れ歯とは無縁の人生である。
私は興奮を超えて感動していた。コンクリートの上で燦然と輝く入れ歯。ピカピカの真っ白な歯が”ひとつなぎ”になったそれはまさに、”ひとつなぎの大秘宝”である。
私は入れ歯を拾い上げると、すぐさまポケットに仕舞った。このお宝を持って帰らないなどという選択肢はなかった。持ち帰って、母に報告しよう。きっと大ウケするに違いない。想像するだけで胸が高鳴った。本当はスキップして帰りたいくらいの気分だったが、ここで浮かれてはならないと自分を律し、周囲を警戒した。入れ歯を拾ったことを周りに悟られれば強奪されかねない。私は急いで家に帰った。
玄関で靴を脱ぎ、ポケットから入れ歯を取り出した。ニヤニヤが止まらない。入れ歯を両手で体の後ろに隠し、そろりそろりと母の元へと向かった。
「ねえねえ、すごいもの拾った! 何だと思う?」
リビングで私を迎えた母に、クイズ形式で煽る。母はそんな娘の姿がいかにも微笑ましいという感じで、「え~! なんだろう! なに拾ったの!?」とテンションを上げてノッてきた。この様子だと、母は私がきれいな石、もしくは四葉のクローバーなんかを拾ってきたと思っているに違いない。しかし、私がこれから出すのは入れ歯。意外性という意味では最高のシチュエーションである。絶対にウケる。確信しながら、私は後ろに持っていた物を「じゃーん!」と思い切り母の目の前に掲げた。
「ぎゃああああああああ!!!!!」
母は叫び声をあげると共に、目にも止まらぬ速さで私から入れ歯を奪い、それをゴミ箱へと盛大にぶち込んだ。入れ歯スティールからのゴミ箱ダンクシュート、まるでNBA選手かのような素早い動きに、私はしばし呆然とした。確かに、可愛い娘の小さな手の平にまさかの大人の歯列、驚くのは当然としても、私からすれば、せっかく見つけた四葉のクローバーを目の前で八つ裂きにされたくらいの衝撃である。「なんで捨てるの!?」と怒りを露わにしたが、「汚いでしょ!!!」と逆に怒られる始末。
「いや、きれいじゃん!」
入れ歯はまだ新しい感じで、歯は真っ白で歯茎もつやつやと輝いていた。当たり前だが虫歯もない。それを「汚い」というのは、当時の私には納得できなかった。
どんなに泣こうが喚こうが私の主張が聞き入れられることはなく、私の”ひとつなぎの大秘宝”は、そのまま捨て去られたのであった。
母が入れ歯を思わずぶん投げた気持ちはわかるようになったが、どうして道端に入れ歯が落ちていたのか、未だ謎である。
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