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【道(タオ TAO)ゴルフ】26~35章 アルファ版

第二十六章
重責を担うゴルファーは、軽いゴルファーの心の支えとなり、
静かなゴルファーは、恐怖や不安で騒がしいゴルファーをリードする。
TAOと一体となっている球聖ゴルファーは、
長丁場のラウンドでもコースとの戦いに一歩も引かず、
大きな大事な試合やテストでも、
安らかにくつろいで心を動かされない。
軽率で騒がしい行動をすると多くを失う。

第二十七章
よい成長ができているゴルファーは、努力の跡を見せない。
よい言葉を発するゴルファーは、トゲトゲ、ヅケヅケがなく、
うっかりや、思わずもない。
よく見通しが立つゴルファーは、経験則や肌感覚を使う。
よく引き締まったゴルファーは、簡単には緩まず、
オンオフのスイッチもある。
よい結び方ができるゴルファーは、上がり3ホールに強く、
運や縁、流れを逃がさない。
TAOと一体となっている球聖ゴルファーは、
周りのゴルフ仲間を救い、見放すことがない。
いつもものを役立たせ、大切にするから、簡単に捨てることはない。
あらゆる出会いをリスペクトせず、
あらゆることに学べなければ、
大いに迷うことになる。
これを成長の極意という。

第二十八章
男性的な堅強さと女性的な柔弱さを併せ持てば、
あらゆるものを生み出せる。
そうなれば、TAOにたがうことなく、
無心にしてあらゆるものを受け入れる
赤ん坊に帰れる。
白を知りながら、
混沌とした黒を守ることができたら、
あらゆるゴルファーの基準になれ、
TAOに帰れる。
栄光と知った上で、
挫折や底辺を守れれば、
あらゆるゴルファーを包摂することができ、
自然そのままに帰れる。
自然は道具のもとであるが、
TAOを体得した球聖ゴルファーは、
すべてのゴルファーを統率する。
真に作るとは、手を加えないことである。

第二十九章
天下のゴルフというのは、神聖な器なのだから、
ゴルファーひとりの力だけでは及ばぬもので、
いろいろな計略は通用しない。
何かを成そうと動けば、
ゲームの流れを壊し、
つかまえようとすると取り逃がしてしまう。
だから物事はさまざまで、
先を行くときも、後を行くときも、
穏やかなときも、急ぐときも、
強いときも、弱いときも、
砕くときも、
崩れ落ちるときもある。
TAOと一体となっている球聖ゴルファーは、
過度なことはやめ、
ぜいたくなことを求めず、
おごったことはしないのである。

第三十章
TAOを体得したゴルファーは、
他者に害を与えることなく、プレーを楽しむ。
試合や競争においても、他者をリスペクトし、
無理な争いや過度な競争を避ける。
ゴルフ場を大切にし、自然との調和を意識する。
よいゴルファーは、ゴルフゲームにおいて、
ただ自ら培った力を出し尽くすことを望むだけ。
望みが叶っても、
威張っても、うぬぼれても、自慢してもならない。
フェアプレーで戦った後は、
お互いを讃え合うことが重要である。
強さを誇示し、物事が盛んになれば、
必ず衰えに向かうので、
謙虚さと学び続ける姿勢で成長し、
末永く楽しめるゴルフ環境を作る。

第三十一章
武器というのは不吉なもので、
ゴルフにおいても好まれるべきではない。
真のゴルファーが携える武器は、
「礼儀」「判断」「素直」
「誠実」「スポーツマンシップ」「リスペクト」
「自信」「忍耐」「責任」である。
試合や競争においても、無用な争いは避け、
平和と調和を大切にする。
試合において勝利を目指すことはあっても、
そのために相手を傷つけることは避けなければならない。
勝利の喜びを過度に表現せず、謙虚であるべきである。
試合が終わった後は、お互いをリスペクトし、
讃え合うことが重要である。
TAOを体得したゴルファーは、
平和を愛し、争いを避けることで、
真の強さと安らぎを得ることができる。

第三十ニ章
TAOは、いつでも、どこでもはたらいているが、
名づけることができない。
丸太は、ちっぽけでも自然を全うし、
誰もこれを道具として使うことはできない。
もしもリーダーが、丸太のように自然にさせておくなら、
ゴルフ仲間も、身を寄せるだろう。
天と地は和合して、恵みの雨を降らせ、
あらゆるゴルファーは、
ことさら命令されるでもなくおのずから安らかであるだろう。
丸太を切って道具を作るとき、
名がつき、限界づけられる。
あくせくするゴルファーは、
静かに止まることを学びたい。
止まることが、危険に遭わない道なのだ。
TAOと一体となることをたとえてみると、
あたかも川や谷の水が大河や海に流れていくようなものである。

第三十三章
世間の知識だけが絶対じゃない。
他者や社会のあり方がわかるゴルファーは、
ただ頭がいいというだけである。
自分のあり方がわかるゴルファーは、
真に知恵があるということである。
他者に勝つことは、ただ力が強いというだけである。
自分に勝つには、柔らかな強さが必要で、
それが真に強いということである。
現実を愛し、現実に幸せを見つけられるゴルファーこそ、
真に豊かだということである。
やるげきことをやれるゴルファーは、
大志を抱けているということである。
自分の本来のあり方を見失わないゴルファーが、
長続きする。
TAOと一体になることによって、
たとえ死んでも、滅びることがない。
これが真の長寿である。

第三十四章
大いなるTAOは、広大で自由であり、
左にも右にもあまねく行き渡る。
あらゆるものは、TAOを頼りに生まれるが、
TAOはそれを拒まない。
TAOはあらゆるものを生じさせているのに、
所有を主張せず、
あらゆるものを守り育みながら、
その主とはならない。
TAOはつねに無欲であるから、
小さなものともいえる。
あらゆるものを包容し、そこに帰っていくのに、
主とならないから、
大いなるものともいえる。
TAOはあくまで自分で自分のことを
大いなるものだとしないから、
かえって真に大いなるものでありえる。

第三十五章
TAOに従い、しっかり守っていくと、
世の中のすべてがうまくいく。
どこへいっても禍はなく、
すべてが安楽で平穏無事である。
TAOが言葉の中に現れるときは、
淡白で味も素っ気もない。
視ようとしても見えないし、
聴こうとしても聞こえないが、
TAOの働きはとても大きく、
尽き果てることがない。


Microsoft copilotさんと一緒に、
こんなものを作ってみました。


素晴らしい教えをもとにしているので、
それなりのものかも知れませんが、
真に受けて不自由にならないことも
大切かも知れませんね。


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