【創作短編】megumo #2
ー前話(#1)からのつづきー
<弐>
『人面瘡[じんめんそう] 』……というものの話は、もちろん創作の内でならば聞いた事はある。腹とか膝に出来た傷が、別の人間や動物の顔になって、時には喋ったり、食事をしたりもするという、その人面瘡の話に、おれの場合は似ているように思われた。
確かに、表れているのは蜘蛛であって、顔が喋ったりするわけじゃないし、腹に傷を負ったような記憶もない。それでも、人体の一部が、まるきり別の生物に変わってしまうなど、もはや呪いか何かでなければ説明が付かないようだった。
だが果たしてそんな事がありえるだろうか?
こんな考えを抱く事自体が、冷静な科学的視点を失った、ドラマティックに過ぎる妄想ではないだろうか?
だがまた冷静に観察したところで、おれの腹で蜘蛛が日々着々と大きくなっていっている事も、その形が少しも崩れずに呪わしいほど正確な蜘蛛の姿をしつづけている事も、認めざるをえぬ事実であった。
そう、それは日々成長していた。気付かないくらいにゆっくりとなめらかな速度で、しかし確実に、細胞分裂を繰り返して幼虫が成虫へと育つように、それは大きくなっていった。胴は徐々に丸味を増し、脚も長く、太くなる。その脚と、牙のような顎……鋏角と言うらしい……とは、がっちりとおれの腹へ食いつき、めり込んでいるようにも見える。が、そこにも依然として感覚は無い。
……感覚が無いと言えば、段々、その部分の皮膚感覚が薄れてゆくようで、徐々に面積の広くなる蜘蛛の部分に触れてみても、それを感じなくなってきた。蜘蛛は相変わらず全体におれの肌色を纏ってはいるのだが、胴の部分には心なしか、薄っすらと線状の模様さえ浮き出して、撫でれば薄い膜を通して殻に触るような感じがする。八つの目はぷつぷつと汗が滲むように、透明の半球状に盛り上がり、光が当たればキラキラと反射した。
また、蜘蛛の成長とともにおれに自覚されるようになった、おれ自身の身体の変化、変調というものがひとつだけあった。それは「欲望の消失」である。
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