のらきゃ掌編×3 その6
以前Twitterで投稿した習作に加筆修正したものの纏めです。
①:きゃっとむかしばなし のらの方舟
むかしむかし、月面に、イムラという暗黒メガコーポがありました。
いつも月から地球を眺めていたイムラの首脳陣は、ある日、とてもいいことを思いつきました。
「最近地球が汚くなってきたなぁ。愚かな人類を粛清して綺麗にしよう!」
慈悲深いイムラは、動物達だけは生かしてあげることにしました。
「方舟に乗せて宇宙に逃がそう。さて、どこかに船大工はいないかな?」 「それならわたしにお任せください」
名乗りを上げたのは、特級建築士のらきゃっとでした。
家からジェットバポナまで何でもござれの凄腕です。さすのら!
「別荘のデザインならお手の物、芸術的に仕上げますよ」
のらきゃっとは動物達の欲望を暴き前衛的な部屋を作りました。
しかしデザインに凝りすぎたため、方舟は九龍城砦めいて改築し、大きくなりました。
「ワオ、なんて大きな船。推力を増やさないと」
方舟はどんどん恐竜的進化を遂げていきました。
そして月日は過ぎ、旅立ちの日。
完成したのらの方舟がいよいよ宇宙へと発進します。
建築士兼船長ののらきゃっとは、ビシッとカッコよく前方を指さして、船員のねずみさん達に号令をかけました。
「では行きますよ! 猫松エンジン起動! 夫!!!」
号令と共に、エンジンに縛り付けられた猫松が勢いよく燃え始めました。 のらの方舟の推進力はねずみさんが猫松を燃やす炎で作られるのです。
嫉妬の炎はいくらでも燃やせる無限の力、猫松以外の全てに優しいクリーンエネルギー。 これさえあれば、過酷な宇宙の旅でも心配は何もないはずでした。
しかしある日、のらきゃっとが言いました。
「しまった、食料がなくなりました」
ねずみさん達は大慌て。アンドロイドのきゃっとはともかく、ねずみさんと動物達には死活問題です。
「十年分はあったのに、何故もうなくなったんでしょう?」
のらきゃっとは口についた食べカスを拭いながら小首を傾げました。
「こうなれば、ねずみさんを食べるしか……」
のらきゃっとがカーボンブレードを構えました。ねずみさん達が涙目でガタガタと震えます。
「……いや、待てよ。確かこの方舟にアレを乗せましたね」
のらきゃっとはカーボンブレードをしまうと、ある動物の部屋に向かいました。
ねずみさん達は少しがっかりしました。
「ソーデス!」
のらきゃっとが連れてきた動物が鳴きました。
白くて丸くてモフモフのかわいいソーデス。そのソーデスに、のらきゃっとはカーボンブレードを押し当てました。
「これが今日のごはんですよ」
「デス!?」
真っ黒い刃がストンと落ち、白いモフモフが真っ二つに割れました。
しかし、なんということでしょう!
「ソーデス」「ソーデス」
真っ二つになったソーデスは分裂して生きていました! この謎の生き物は生命力がとても強く、なんと半分にされても再生できるのです!
「この調子でソーデスを増やせば食糧問題は解決ですね」
のらきゃっとはニコリと微笑んでソーデスに齧り付きました。
賢いのらきゃっとのおかげで、方舟のねずみさん達と動物達は燃料や食料に困ることはありませんでした。
そうして宇宙でのんびり過ごすと、人類がいなくなって綺麗になった地球に降り立ち、いつまでもみんな幸せに暮らしましたとさ。
めでたし、めでたし。
②:きゃっとむかしばなし 走れのらきゃ
のらきゃは激怒した。必ず、かの邪智どぶ虐な猫松を除かねばならぬと決意した。
のらきゃには政治がわからぬ。のらきゃはイムラの美少女である。
けれどセンシティブなご認識に関しては、人一倍敏感であった。
なんやかんやあって、のらきゃは捕まった。
しかし妹達の結婚式を一目見るため、こくおーの猫松に懇願する。
「ネズミンティウスを人質にします。もしわたしが20時までに戻らなかったら、代わりに処刑してください」
「いいけど、わらわもますきゃのウェディングドレス姿を見たいのじゃ」
のらきゃは猫松をスルーして妹達の元へ走った。
(中略)
水着に着替え、濁流の中を泳ぎ切ったのらきゃ。
しかしアンドロイド体力もついに底を尽き、疲労困憊で倒れ込む。
ああ、もう約束の20時だ。ネズミンティウスは処刑されてしまうのか! 「こうなったら、もう仕方ありません」
のらきゃはがっくりと肩を落とし、月を見上げた。
そして―――
「ポチッとな」
のらきゃは懐から謎のスイッチを取り出し、押した。
すると月のマスドライバーから、おーこくに向けて何かが放たれた。
そう、イムラの誇る最終兵器、あずきバーである。
「も、もうダメなのじゃー!」
暴君猫松は涙目で叫んだ。
「ああああああああああ」
人質のネズミンティウスも涙目でスタンプを連打した。
あずきバーが着弾し、おーこくはクレーターになった。
その様子を見て、のらきゃはホッと息をつく。
「よし。国中の時計が止まったから、20時には余裕で間に合いますね」
そう言うと、のらきゃは再び鼻歌交じりにのんびり歩き出した。
こうしてのらきゃは19:150に到着し、20時までに戻るという約束を見事果たしましたとさ。
めでたし、めでたし。
③:きゃっとむかしばなし のらちゃんこわい
ある暑い夏の夜のこと。
バーチャル美少女のらきゃっとが、納涼怪談朗読配信をしていました。 「一枚、二枚……」
《ああああああああ》
平坦ながら恐ろしい語り口に、リスナーのねずみさんはたいそう怯えていました。
「でも、わたしは全然怖くないんですよね」
のらきゃっとはため息をつきました。
彼女は強く賢くのうすじなので、幽霊も物理で倒してしまうのです。
「わたしも怖がって涼みたいです。ねずみさん、わたしの一番怖いものを当ててみてくださいな」
ねずみさんにはピンと来ました。さては『まんじゅうこわい』だな。
《お寿司!》《ステーキ!》《ソーデス!》
「どれも“こわい”けど、一番ではありませんね」
フリと察してのらきゃっとの好きな食べ物を列挙するねずみさん。
しかし、なかなか当てることができません。
《スースーウォーター!》
「絶対違います、まったくも」
「あらら、残念。わかりませんでしたか」
そう言って、のらきゃっとは画面をツンツン突っつきます。
《あっあっあっ》
ねずみさんの反応に満足し、彼女は一度カメラから離れ、くるりと回りました。
「仕方ないから、正解を教えてあげましょう」
そして、目を細めると―――
「―――わたしが一番“こわい”のは、ねずみさんですよ」
《あああああああああ》
彼女の言葉を聞いて、ねずみさんの語彙力がなくなりました。
「ふふふ、ねずみさんはとても“こわい”ですね。怖すぎて、近くにいたらブルブル震えちゃうかも」
のらきゃっとはカメラに密着し、蠱惑的に微笑み、頬をスリスリします。 《あ》
ねずみさんはもう限界です。
「ふう、こんなところかな」
のらきゃっとがカメラから離れました。
暑いからか、猫耳型のエアインテークが激しく音を立てています。
「ということで、わたしが一番“こわい”のはあなたです。それじゃあ」
一呼吸置いて、彼女は答えのわかりきった質問をします。
「あなたが一番こわいのは?」
ねずみさんは、声を揃えて言いました。
《のらちゃんこわい》
(おしまい)