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「指示待ち」じゃダメなの?


1.痛ましい事故の報道

今年の6月に、バックで車庫入れするバスを誘導しているバスガイドさんが、バスと電柱との間に挟まれて亡くなるという事故が報道されました。

ガイドさんは「ストップ」と言いながらバスのボディーを叩いていたにもかかわらず、バスはバックを止めなかったといいます。この報道を耳にして私が強く感じるのは、"フェイルセーフ"の原則が浸透していない世の中の危うさです。

続報によると、バスのバックモニターや後方マイクは作動していたとのことです。警察は、運転手の後方安全の確認が十分だったかを視野に入れて捜査を進めているようですが、何か大きなものが欠落しているように私には思えてならないのです。果たして、運転手が後方の安全確認をしていれば防げた事故だったのでしょうか。

2.運転手からバスガイドへの権限の委譲は?

もちろん、安全確認を怠っていたのでしたら問題外です。
バスガイドが誘導をしてくれていようと、誘導をしてくれてなかろうと、周囲の安全を確認する責任は運転手にあるはずです。
でも、大型のバスが狭いところにバックで入る場合など、運転手だけでは見落とす危険があるかもしれない、それなので同乗者であるバスガイドの補助を求めるのでしょう。

この時に、運転手の耳に「オーライ、オーライ」といったバスガイドの指示が聞こえていたかが、とても大事だと思います。報道によると、笛を使っての合図をしないのが通例とのことです。
運転の主体は運転手であり、権限も責任も運転手に課せられます。でも、外から後方(あるいは周囲全体)の確認をしているバスガイドの指示が無ければバスを動かさない、そのような「指示待ちの姿勢」が運転手に備わっていたら、起こりえない事故だったのではないでしょうか。

バスガイドの誘導を確認せず、「ストップ」と必死で叩く声に気づけずに、(強い表現で恐縮ですが)"勝手に" バスを動かしてしまったことに、悲劇の原因があるのではないかと、私は考えるのです。

もう一度記しますが、運転の権限と責任は運転手にあります。
でも、権限と責任を一手に担いながらも、敢えてバスガイドの指示を待つ、そのような、バスガイドへの権限移譲の姿勢があれば、避けられた事故だったはずと思うのです。

3.フェイルセーフについて

最初に記した"フェイルセーフ"は、医療の現場で学ぶ安全確保の原則です。医療現場だけではなく、最近ではドローン操縦でも、元を辿れば核兵器の使用に至るまで、様々な場面で有効な原則です。

私の理解で説明すれば、権限を持つ者からの指示が無ければ実施しない、指示が確認できなかったり不明瞭であったりしたら、実施せずに指示の有無や内容を確認するということです。「多分〇〇だろう」とか「いつも〇〇だから」といった思い込みやマンネリから引き起こされる重大事故を回避する方策と理解しています。
医療の現場であれば、医師の指示が無ければ投薬をしない、その指示が不明瞭なら医師に確認(疑義照会と言います)をするといったことです。
ドローンの安全確保でもフェイルセーフの考え方があり、飛行中に電波のトラブルなどで操縦者からの信号が受信できなかったりしたら、飛行を止めて操縦者のもとに自動で戻って来る(Return To Homeというそうです)機能もあるとのことです。
おおもとである、核兵器の誤った使用を回避する方策については、1950年代に米国のランド研究所での議論を本で読んだことがあります。仮に核攻撃の命令が一度出されても、その後に幾つかのチェックポイントで命令の有効性が確認できなければ命令遂行を中断することにして、情報や判断の誤りによる核攻撃を防止するという仕組みのようです。

いずれの局面でも共通するのは、「指示が無ければ行動しない」という原則です。今までやっていたから、とか、多分こうだろうから、といった自分の「勝手な」判断での遂行が入り込む余地を与えないというのが本旨と思われます。

4.日常的な現場だからこそ大事にできないものか

考えてしまうのは、バス運転手とバスガイドとの間に、そのようなフェイルセーフに基づいた申し合わせができないかということです。
君からの"オーライ"の声が聞こえなかったら、ぼくはアクセルを踏まないよ」という約束を運転手に求めることはできないものでしょうか。

職場でよく耳にしたのは、「指示待ち人間になるな」ということでした。
上司からの指示がなければ、自分で動けと言われたこともありました。

普段はそれで良いとしても、せめて、人の生死に関わるかもしれない重大局面に触れる仕事の場合には、指示ー遂行の連続的なやり取りが、もっと大事にされても良いのではないでしょうか。

ちょうど、ドットを食べながら前進するパックマンのように、自分の行為の正当性を保障する指示を確認しながらの業務遂行が、自分だけでなくパートナーや第三者の安全担保にもつながるのでは、と考える次第です。
もっとも、パックマンはドットが無くても動けますし、ドットがないからとまごまごしていたらモンスターにやられてしまいます。私達も「期限」とか「締め切り」といったモンスターに追われながら仕事をしていますが、それを言い訳にせず、不明瞭な事柄は敢えて確認していく、そういう姿勢があっても良いのではないでしょうか。




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