唐草模様
記録されていないものがある。
人には見えない。言えない。だけどしっかりとしたモノ。それを粘土みたいにぎゅっと握って、形を作ろうとするが、お世辞にも綺麗とは言えない。ただ握っただけの泥団子が木製の机の上に立っている。これは何かの崇拝行為なのか?
誰かが頑張ってくれない。誰かがそうつぶやいた。
世界で起きてる悲惨な出来事を見る時。不安要素が積み重なる時。行き場のない思い、進化のないモノを見る時。何かを作り出そうと思った。言葉、絵、音、そんなものを使って、何かを作り出そうと思った。これは何かの創造なのか?
心無い言葉に傷ついた。
自分の基準のせいで、他の人に対して、こうだよっと言って、マイナス思考へと導く人。それをただ眺める自分。受け入れる自分。新しい言葉で、新しいもので、今の関係を穏やかなものに保つように、努力した。これはあの人への許しなのか?
こうして言葉は断片的な真実と共にある。共につぶやき、共に落ち着く。つまりは何ていうか、、、唐草模様