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かくれんぼ

架空の未来の僕はきっと今日も元気で。
あの日、そうなっていた僕なら。

そうなれていた。ちょこっとだけ期待もした。もう一度機会が訪れるかも、と。あの時勇気を出していたら、きっと今はもっと裕福で、毎日が愛で溢れていた。家も買ってたかもしれない。どうなっていただろうか。
「どうせ好きじゃねえだろ」って、ポテチとコーラをもらった。コンビニのレジ袋に入っていた。それでいいんだ。
僕に対するイメージがどんなのだったのかはわからないけど、帰って1人で食べて飲んだ。器に盛りながらLINEする。「なんとなく器に入れてみたよ」と。ほどなくして、返事が来る。「よかったじゃん、普通盛れないもんね」と。「ありがとう」と返した。「まあとりあえず食べろ。いずれ倍にして奢ってくれ。寒いから鍋がいいな、湯豆腐にするか湯豆腐。」「じゃあ今度お店調べておくね。」結局、あれから湯豆腐を食べには行っていない。
好みや感覚が被る。凡人の僕でもわかるくらい、彼女の絵は上手だった。
どうしてだろうね。すれ違ったのは。
どうしてだろうね。選べなかったのは。
お互いに、色々巡り心が変わった。
みんなどこで気づくのかな。意図せず隠れた想いと、あえて隠した言葉に。
難しいなぁ日本語。

出囃子が聞こえる。襟を正して足をたたむ。
「えー、寒い中みなさんよくお越しくださいました。今日は何の日だかご存知です?そうです、バレンタインです。私もやっぱり男なもんで、ええ、誰がくれるか彼がくれるかと期待してやって来たんですが、今日に限って女性スタッフが全員風邪。みんな同じく風邪だそうで。明日は出られますと連絡がありました。どうやらクリスマスとバレンタインは体調を崩しやすいみたいでございますね。いや男だっていいんですよ?私ゃ気にしませんからね。世の中はLGBTQだってんだから、誰からもらったっていいんです。お客さんもね、今日はあの、チョコレートでいいですからお代の方は。いや冗談ですよ!私の懐まで寒くなっちまう。勘弁してください。ああ、さむいさむい。」
袖に手を入れゴソゴソしだす。
「あれ、あれ、おかしいな。どこへやったんだったかな。おい、俺の財布知らねえかい?財布?知らないねえ、どんなのだい。いやほら、お金を入れる…。そうじゃなくて。色とか形とか。皮とか布とか。ボロボロなのか立派なのかとか。お、おう、そりゃあもう立派も立派。このくらいの真四角で真っ赤な金属で出来てんだ。ぶつけたらキーンって音が鳴る。おめぇさん見たこと無かったかい?ないよ、あんたの財布なんて。真っ赤な金属?そんな立派なお財布だったら大そうな金が入ってたんだろうね。おおぅ、そりゃもうお前、あれだ、いっぺえ入ってた。いっぺえってあんた。なんだかねえ。で?それをなくしたってのかい?いやあ、なくしたっていうか、なんというか、今ちょっと見当たらねえっていうか。それをなくしたって言うんじゃないのかい?ったく、しょうがない人だねえ。そんなにいっぱい入ってたなら落としたら気づくんじゃないのかい?いやあ、まあ、今日はほら、上着も重てえからな。着ているものが重たくたって、落としたら音がするじゃないか。あんた、ほんとに一杯入ってたのかい?そりゃあもういっぺえよ。いや、札ばかりだから音が鳴らなかったのかもしれないな。金属で音が鳴るって言ったじゃないか。あんた、ほんとはそんな財布持ってなかったんじゃないの?いやー、あれだ、芝生の上だな。ふかふかの。どこにあるんだい、芝生なんて。このへん、一面雪じゃないか。ああ、間違った、雪だ雪。雪の上に落としたら音なんてならねえだろう?真っ赤な財布なら気づくんじゃないのかい?そりゃあおめえ、他から見たら気づくかもしれねえけど。まあいい、ちょっくら探してくらぁ。きっと雪の中に隠れてんだろうな。どれ、よっこいしょと。もーいいかい、まーだだよつってな。ちょっと、あんたまだだよ。待ちなさいよ。金払わずに出てこうって言うんじゃないだろうね。いや、だから財布が無いんだって。今探しに行ってくるって。待ってんだから。待ってるって何がだい。財布が。どこで。外で。この雪の中さむいさむいーって。何が。だから財布が。財布がなんだって。さむいーさむいさむいー、たすけてーって。財布が?財布が。大きな声で泣いてるよ。今もほら、耳をすませばほら。ああかわいそうな声がする。落としたときに泣けばいいじゃないか。いやそん時は聞こえなかったんだなこれが。不思議なことに。ほら、さむいー、たすけてー。かわいそうじゃねえか。涙なんかもあぁポロポロ。体なんかはまぁブルブル。バカだねあんたは。ああそうかい、じゃあせめて上着は置いてってもらうよ?…おめえさん、外は雪だぞ?声が聞こえるならそう遠くないじゃないか。すぐ戻ってくるんだろう?そりゃ戻ってくるけどさ。だったらいいじゃないか、ちょうど外ももう晴れてんだから。ほら、早くいっておいで。あー、わかったよちくしょう。まいったなあ。おーい、財布やーい。
そう言って男は店を出ていきました。ほどなくして女将が男のいた席を片付けていると隣の席の赤い座布団から物が落ち、キーンと高い音が聞こえました。おやっ、と音がした方に目をやると、四角くて真っ赤な金属が落ちていました。なんと、男は本当に財布を持ってきていたんですね。あとは男が戻ってくれば一件落着と女将は財布を預かることにしました。日が傾いたころ、外から声が聞こえました。さむいー、たすけてー。見に行くとそこには穴にハマって雪に埋もれた男がおったそうです。」



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