アドバイスは一旦受け入れる
子どものことに特化して書いたほうが需要があるとのアドバイスをいただき、こちらのnoteを書いています。
実は、私めちゃめちゃ素直なのです。
そうかなぁ、と思うことでも、一旦受け入れて、やってみる。
そして、やっぱり違うなぁと思うまで、やってみる。
違和感が腑に落ちたら、やめる。
逆も然りで、腑に落ちないことはやりません。
やらずにいて、ある日、タイミングがきてやると、逆にすんなり受け入れることができます。
頑固なのか、素直なのかわかりませんが、自分のカンをかなり信じています。
自分のカンを信じない時、結構トラブルに遭うことになったりします。
それくらい、危険察知能力は高いほうだと思います。
って、これまでたくさんの痛い目に遭ってきているからですが。
アドバイスをいただいた通り、子育て論をこちらで書いていますが、
逆になかな進めなくなってしまっているのが現状です。
これまでの人生でやってきたことは、分類化できるものではなくて
全て繋がっているので、子育てはこれ、仕事はこれ、介護はこれ、と分けることができないのです。
おんなじ私が書いているのに、区別することがなんか変なのです。
違和感ってやつかなぁ。
私が書く、子育てでヒットする方と、介護経験でヒットする方は違う、それはそうでしょう
が、おんなじ私が書いていること、経験していることに、違いは全くないのです。
そこにはただ書きたい私がいるだけで、選ぶのは読む方。
選ばれても、気に入られなくても、いいじゃん。
そもそも、私自身を表現するために書いているので、誰かのためにならなくてもいいじゃん。
そもそも、誰かのために生きているわけではないのだ。
そうだそうだ。
ただつらつらと書いた、ちょっとしたことが誰かの何かのヒントになったらラッキーじゃね?くらいの気持ちです。
根本は、読んだ方が元気になったり、楽しんでくれたらそれだけでいいんです。
目指すとこは唯一そこのみ。
読んで悲しくなったり、つらくなる文章は、私読みたくないので。
文字だけ見てもすごく感じる私のような人はそもそも最後まで読めないのです。
だから、愚痴、泣き言は、ブラックノートに書くのみ。
公の場では、出しません。
文章を書くことで、自分を表現しています。
ですので、書けないなんて本末転倒。
書くことに意義がある。
文章で自分を表現することは、腑に落ちてやっていることです。
そもそも、納得できない、ピンとこないことはやらないのです。
自分に無理させるなんて、無理。
危険が危ないのような表現です 笑。
子育て論について書こうと思いましたが、今日もまた違う方向へ行っています。
今日で2022年もあと3日。
年末を思いっきり楽しもうと思います。
10年超えの介護を経験して、今年が初めてくらいに、自分のために使う時間があります。
夫はいないけれど、年末年始を楽しもうと思います。
皆様もよい年末を。
喪中なので、ひっそり過ごしつつ、家の中では楽しもうと思います。
新堂きりこ