「誤情報」「偽情報」に惑わされないために ユーザーにできること、プラットフォームにできること
インターネット上の情報流通は加速度的に増加しており、SNSの浸透、AIの登場などにより私たちを取り巻く情報環境は大きく変化しました。「誤情報」や「偽情報」も知らず知らずのうちに、身近な存在となってしまっています。その中で情報と向き合うためには何を意識する必要があるのでしょうか。「信頼される情報空間」についてメディアに携わる方々とともに考え、発信するシリーズ。今回は社会心理学が専門で、情報に対して私たちが無意識に抱いている「バイアス」(偏り)に詳しい、中央大学文学部教授の安野智子(やすの・さとこ)さんに話を聞きました。(取材・文:Yahoo!ニュース)
私たちを取り巻く「バイアス」とは
――「バイアス」にはどんなものがあるのか教えてください。
大きく分けて3種類あります。1つ目が「認知的バイアス」、それから2つ目が「情報環境のバイアス」、3つ目が「社会的なバイアス」です。今回は「認知的バイアス」と「情報環境のバイアス」を主に説明します。
――「認知的バイアス」にはどんなものがあるのでしょうか。
「認知的バイアス」も(1)情報収集の段階のバイアスと(2)推論・判断の段階のバイアスに分けることができます。
「情報収集の段階」におけるバイアスの一つが「確証バイアス」です。自分が見たいと思ったものだけ見てしまうとか、自分の信念に合ったものに積極的に接し、信じやすくなるというものです。
私たちは、必ずしもいつもベストを尽くして情報を吟味し、正しい結論に至ろうとしている訳ではありません。「大体この程度で十分」と考えてしまいがちで、私たち自身がバイアスのある情報接触や判断を十分に是正できない原因にもなっています。
でも、これは生き物としては当然のことで、すべての情報を吟味してベストの判断をしていたら身が持たないし、日が暮れてしまう。情報のゆがみをもたらすかもしれませんが、しょうがないことでもあるのです。
もう一つは「目立つ刺激への注目」。目立つ刺激にどうしても人間は着目しやすい、そこに注意が引かれやすいということです。例えば何か事件が起きた時に、昨今だったら「SNSが悪い」とか「マスメディアが悪い」といったように、その人の頭の中で目立っているものに原因が帰属されやすいということです。
――推論・判断の段階のバイアスについて教えてください。
これにはいろいろな種類があって、例えば、「思いつきやすいものは頻度も多い」(利用可能性ヒューリスティック)や、「分かりやすいもの、何度も見たものは信じてしまいやすい」(認知的流暢性の効果)、まれな事象の起きる確率を過大推測しやすい、などのバイアスが知られています。虚偽情報も、それが分かりやすく、何度も見聞きされると、なんだかもっともらしく思えてしまうのです。
また、私たちの記憶はいつも正確とは限りません。記憶の研究で報告されているのですが、あとから接触した情報で簡単に記憶がゆがんだりしてしまうのです。自分では事実と思い込んでいることがそうではないこともある、私たちは間違いやすいし思い違いもしやすい、ということを自覚する必要があると思います。
――情報接触に当たりどんなことに気をつければいいのでしょうか。
もしかしたら私たちは、「考える」という行為によって多少、「認知的バイアス」の影響から逃れられるかもしれないなと思っています。
ただ、今はインターネット上に情報があふれていて、ものすごい勢いで私たちはたくさんの情報を処理しなくてはいけない。そういう状況では、私たちは考える余裕とスキルを奪われているのではないかと問題意識を持っています。それがもしかすると虚偽情報や誤情報に対する脆弱(ぜいじゃく)さを強めてしまう可能性があると思います。
私たちの周りにある「情報環境のバイアス」
――「情報環境のバイアス」についても教えてください。
代表的なものは「アテンションエコノミー」です。閲覧数やアクセス数、再生数といったものに経済的な利益が発生してしまうと、どうしても「目立てばいい」、「クリックしてもらえばいい」という方向に行ってしまう。これでは虚偽情報や無責任な情報が流れやすくなると思います。単なるアクセス数や再生数といったものに経済的利益が結びつきすぎないほうが健全な情報空間が維持されやすいと考えます。
さきほど挙げた「認知的流暢性」の効果に関連して、「幻想の真実」効果といって、人間は何度も見たものや分かりやすいものは信じてしまうという傾向があります。極端な例では、小さい明朝体よりも大きなゴシック体で書かれると同じ情報でも信じてしまう。また、「うそも100回言えば本当になる」という言い回しがありますが、あれはある意味事実で、うそであっても何度も見ていると本当だと思いやすいのです。しかも、ネットでは拡散しやすいと同時に残りやすいので、デマが拡散したまま残って効果が続くという現象が起きてしまいます。これも「情報環境のバイアス」の一つです。
――情報流通が多様化し、みんなと共有できる話題が減っている状況もありそうです。
マスメディアが唯一いろいろな人に情報を伝えるチャネルだった時には、多くの人が共通して同一の話題に関心を持つ「議題設定効果」というのが比較的はっきりしていました。
しかし今はソーシャルメディアによって情報環境の分断が起きやすくなっているので、「議題設定効果」がばらけている状態です。実際、授業中に学生に「今、日本において重要な問題は何だと思いますか」と聞くと、すごくばらばらです。旧ジャニーズの問題を挙げる人もいれば、ウクライナやパレスチナの問題を挙げる人もいる。普段見ている物によって全然違ってくる。公共の問題意識のシェアがしづらくなっていると考えています。
Yahoo!ニュースができることは
――Yahoo!ニュース トピックスでは「重要ニュース」を見てもらえるように人の手による編成を行っています。
ニュースについて理解している人ができるだけ公平にまとめた情報には、大変意味があると思っています。Yahoo!ニュースの分かりやすいニュースの並べ方や、必ず重要なニュースをトップページに載せる取り組みはとても重要だと思っています。
――編成するうえで気をつけるべき点はありますか。
「これぐらいは知っておいてください」というように、ユーザーに上から目線と思われてしまうと反発されてしまうのではないかと思います。伝統的なマスメディアがちょっと反発されがちなのはそういうところなのかなと思います。
ユーザー自らも気をつけないといけませんが、何か問題提起がされているような情報に接触した時にそれをシャットダウンしないとか、そこからあまり偏った情報接触に行かないようにするということは大事なことかなと思います。ちょっと疑問を持つ情報は、誰が(どこが)出しているのか、裏付けはあるか、といったことを考えると同時に、まずは少し引いてみるということも重要でしょう。
――Yahoo!ニュースには、「記事リアクションボタン」などパートナーの記事に対して閲覧数だけではない評価の仕組みも存在します。
正しい情報を提供することは大事ですが、それだけでは多分届くべきところに届かない。うそだろうが、間違っていようが、取りあえず注目さえされたら利益が得られるというビジネスモデルから脱していくことが重要だと思います。例えばユーザーの自己肯定感、あるいは達成感や良い評判など、リワードをうまく使うことで、良い情報が良く評価されるシステムが作れるといいと思います。
さまざまな形で忍び寄る「誤情報」と「偽情報」
――能登半島地震では虚偽の救助要請もありました。
いつか出てくるだろうとは思っていましたが、救助要請の虚偽情報はすごく問題ですよね。実際にだまされた人は、ただデマにだまされたよりもすごく傷ついたと思います。一生懸命拡散しようとした人たちは虚偽情報に乗ってしまったということで自責の念を持たれるかもしれない。本当に良くないと思っています。
――Yahoo!ニュースでは、能登半島地震をきっかけに「災害時の情報との向き合い方」というページをリリースしました。過去に選挙の際に気をつけたいネットリテラシーについても発信しましたが、事例ごとに誤った情報に惑わされないよう啓発していく必要があるのではないかと思っています。
おっしゃるとおりだと思います。特に生成AIは気づかぬうちにフェイクを生んでしまう新たな脅威だと思います。情報が正しいかどうか分からない、知識がない人が使ったら、生成AIが出した間違った情報をそのまま信じ込んでしまったり、拡散してしまったりする恐れもあると思います。責任の所在が不明瞭なのも心配です。
有名人のフェイク動画なども問題にもなっていますが、技術が発展して今すごく簡単にそういったものが作れるようになっています。どうしてもいたちごっこにはなってしまいますが、まずは「そういった物がこんなに簡単にできてしまう」ことを知るということが身を守る一歩だと思います。
■安野智子(やすの・さとこ)さん
中央大学文学部教授。1970年生まれ。博士(社会心理学)。専門は世論調査、政治心理学。世論過程における情報と認知のバイアスについて研究。
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