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新聞が育む「すぐにわかろうとせずに、いったん置いて考える」大切さ――ニュースパーク館長 尾高泉さんに聞く

歴史的な建築物が立ち並ぶ横浜――日本新聞博物館は日本の日刊紙発祥の街にあります。「ニュースパーク(日本新聞博物館)」。日本新聞協会が運営する情報と新聞の博物館で、新聞活用教育の場としても活用されています。館長を務める尾高泉さんは展示を通じて確かな情報を見抜くリテラシーの大切さ、政府による戦時中のメディア弾圧や情報操作の歴史を伝えます。また現代的な課題、SNSによるフィルターバブルの弊害やフェイクニュースにだまされないための備えも説きます――膨大な情報に囲まれる現代、尾高さんは新聞だから育むことのできる「力」があると言います。2024年1月、ニュースパークで話を聞きました。(取材・文:Yahoo!ニュース)

――尾高さんがニュースパークを運営する上で大切にしていることはなんでしょうか?

ニュースパークでは「NIE(Newspaper in Education、教育に新聞を)」の取り組みを実践し、学校教育との連携に力を入れています。その一方で社会教育施設として、大学生・社会人やシニア層への働きかけにも注力しています。大事にしているのは「誰かと連携する」こと。学校や自治体、さまざまな民間団体と連携して活動しています。今のメディア環境を考えたら、いきなり「新聞を読もう」「新聞は素晴らしい」と訴えてもなかなか人は集まりません。当館を訪れる人の年齢や属性はさまざまですから、それぞれの人にどんな言葉が響くのか試行錯誤を続け、連携相手のメリットを必ず考えます。

例えば、神奈川県が行っている「かながわサイエンスサマー」という科学講座・体験学習があります。「サイエンス教育」という文脈は注目も高いですし、毎夏、小学生親子向けや中高生向けに新聞を使ったプログラムを提供しています。小学生は、全国120紙から自分がサイエンスだと思った記事を見つける。中高生には、環境教育プログラムを持つNPOのボードゲームとリアルの新聞記事を組み合わせる。新聞には大小さまざまな記事が載っています。新聞には考えて行動するためのヒントがあることを感じてもらうんです。

紙面には載らなかった記者たちの仕事がある

――子どもたちのリアクションで印象に残ったものはありますか?

ニュースパークでは、新聞記者経験のある「新聞製作マネジャー」が教育プログラム運営に参加しています。例えばこういうことがありました。ある小学生が記者のお給料のことを尋ねたんです。「書いた記事はその後どうなるのか」「たくさん書くと、その分お給料は増えるのか」などの質問にその方が「書いても、新聞に載らなかったことがある」と答えると、驚くんですよ。取材をしても、事実を固められないと新聞に載せない、ということに子どもも保護者も真剣な顔で聞き入っていました。

記者が10人がかりで調査報道に取り組み、それにどんな社会的意義があっても、「確か」でなければ記事は載せられない――。こういう取材プロセスは、なかなか表に出ないですが、社会の健全性を保つ上ではとても大事なことですよね。

――そういった驚きが、メディア・情報リテラシーの「基本姿勢」を育むのでしょうね。ニュースパークの展示でも「情報を受け取ったら、まず立ち止まるようにしよう」「情報源は? ちゃんと確かめないとね」「いろんな視点で情報を探して、比べることが大切です」「その投稿、問題ない? 情報を発信するときは慎重に」などが、4つのポイントとして冒険のアイテム風に挙げられていて、下村健一さんや藤代裕之さんら、情報やリテラシー教育の研究・実践者のアドバイスが紹介されています。

ネット社会では日々、膨大なニュースが高速で駆け巡っています。中には理解が及ばないことも、白黒はっきりつけられない話題もたくさんありますよね。しかし、自分の欲しい情報をその時の気分で、いつでもどこでも好きな尺で消費できるようになっているから、突然知らない情報に遭うと、不安になって過度に反応する。最近私は、「すぐわかろうとしないこと」「わからないままにしておいて、簡単に結論を出そうとしないこと」が大事なのではないかと感じます。

――どういうことですか?

2023年夏に、当館は企画展「多様性 メディアが変えたもの メディアを変えたもの」を開催しました。第5章では、新学習指導要領実施で始まった多様性教育の現場を、京都の高校の授業実践から紹介しました。この高校は、NIEの実践指定校でもあり、新聞を活用した多様性教育の成果も示すことができ、授業に参加した高校生の感想も展示しました。一人の高校生がこう記しました。「自分の考えていることが万人の考えていることと思っていたが、色んな人の意見を聞いてそれは間違いだと気づいた」「自分以外の意見はまだ完璧には理解できないけれど、何でもかんでも無条件に受け入れるのではなく、少しぐらい疑問を残したり腑に落ちないわだかまりを残していくのが大切だと感じた」と。

「ネガティブ・ケイパビリティ」という言葉があります。「答えの出ない事態に耐える力」(帚木蓬生氏)や「答えを急がない勇気」(枝廣淳子氏)と紹介されている言葉ですが、事実や理由を性急に求めず、不確実さや不思議さ、懐疑の中にいられる能力のこと。こういう能力を育むことが情報リテラシーを高める上でも効いてくると思うんです。

――「わからないまま」いったん置いておくと。

そうですね。新聞には、毎日、さまざまな人や組織の事柄が載っていて、ネガティブ・ケイパビリティを育てることができると思います。脳科学の分野でも、東北大学大学院・虫明元教授らから、SNS時代に「デフォルト・モード・ネットワーク」という脳が「ぼんやり」する状態の効用が指摘されていますよね。中身がよくわからなくてもいいから、1日10分紙の新聞を眺めることで、社会の共通の文脈や複雑さがわかってくる。「知りたい、わかりたい」という意欲こそ育てたい。

新聞を使ってこんなワークショップもできます。陸奥賢さんが2012年に考案した「まわしよみ新聞」といって、自分が関心を持った新聞記事を切り抜いて3、4人で記事を紹介するだけで場が温まる。自己承認と他者理解が深まるからと評価されています。当館には、全国の120紙を使ってこれをやるために来館する大学も複数あり、学生が感激して「(新聞とは)なんて新しいメディアなんだ!」と言ったこともあります。

確かな情報は命を守る

――若者への新聞PRや教育事業などを経て、ニュースパークの館長に就任したのが2017年秋。尾高さんは新聞記者出身ではないんですね。

大学では憲法のゼミで学びました。1987年、民主主義の維持には報道の自由を守ることが大事だと大真面目に考えて、特定の新聞社ではなく新聞協会事務局職員になりました。当時は「民主主義や新聞の役割は当たり前のことで、いちいち言うものじゃない」と言われました。

それが37年経ったいま、新聞購読者が激減し、「新聞を見たことない」と言う小学生が新聞博物館に来館している。「メディアが劣化するとジャーナリズム・民主主義の危機だ」と叫ばれるようにもなりました。内外で憲法学者が立ち上がる事態にまでなっている。共通の言論空間を作る必要性を、自分が必死に伝えることになるとは思いませんでした。

あともうひとつ言わざるを得ないのは、私が男女雇用機会均等法の元年世代だということです。この法律がなければ、私は仕事を持ち、結婚後も出産後も働き続けることはできませんでした。自分の子どもを人に預けてまでも仕事を続けるには、そこに特別な意味がなければならなかった。小中学生、大学生に展示解説するときには自分が母親であることを意識します。当館では新聞が言論弾圧を受けながらも、確かなことを伝えずに国民の戦意を高揚させ、多くの若者を戦地に送ってしまったことを、子どもたちにわかるように伝えています。

「確かな情報は命を守る」。戦争でも災害でも未知の感染症でも、確かな情報は私たちの命に関わるんだということを、今こそ誰かが、複雑な社会課題に向き合う次世代を守るためにも言わないといけないのだと思います。

――最後に、私たちYahoo!ニュースへのメッセージを聞かせてください。

2023年6月、台湾で開かれた「WAN-INFRA(World Association of News Publishers)」の世界ニュースメディア大会に行き、海外での、グーグルやメタ(フェイスブック)とメディアの緊張関係を肌で感じました。日本では、強力なポータルサイト(Yahoo!ニュース)との配信料の支払いのある契約が既にあることが特徴だと再認識しました。メディア界の苦労は世界共通の課題ですが、日本には日本の発展があると思いますから、共通の言論空間を維持していくために、互いに知恵を出し合って歩んでいってほしいです。

尾高 泉(おだか・いずみ)
ニュースパーク(日本新聞博物館)館長。1964年福岡県生まれ、静岡育ち。慶応義塾大学法学部法律学科卒業後、1987年に日本新聞協会入職。広報や新聞・通信社の広告、技術・通信、デジタル事業部門のサポート、若者への新聞PR、学校での新聞を教材として活用する「NIE」(Newspaper in Education)や大学生・社会人版「NIB」(Newspaper in Business)の普及活動を担当。2017年秋から新聞博物館館長。現在、事務局次長兼博物館事業部長。19年前期専修大学非常勤講師(教育とメディア)、『情報の科学と技術』誌(情報科学技術協会、2024年2月号)などに寄稿


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