ショパン・重要作品解説第1回① バラード(総論)

はじめに、ショパンのバラードの「総論」といいましょうか、4曲に共通する事柄について書きます。バラードというのは、元々は文学のひとつのジャンルでした。具体的には、いわゆる叙事詩のようなものを指す言葉だったようです。19世紀に文学としての「バラード」がポーランドに伝わり、ショパンはそういった詩に影響を受けて、ピアノ曲としてのバラードを作曲したのだろうといわれています。ショパンの4つのバラードは、それぞれ詩人ミツキェーヴィチの4つの叙事詩の内容を題材に描かれており、ショパンの作品の中では珍しい標題音楽なのだ、ということがよく言われます(ショパンは標題音楽を嫌ったというのが通説です)。とくに、バラード第3番作品47が、水の精オンディーヌの物語を基に書かれたという伝説が有名です。私もバラード第3番を演奏するときには、この物語の内容を参考にして弾いたのはたしかです。しかし、ショパンが本当に詩を参考に曲を描いたのだという決め手となる証拠は現在のところ見つかっていません。そうである以上、演奏するにあたっては叙事詩の物語イメージを頭の隅には置きながらも、譜面と忠実に向き合うことが重要であると思います。
 譜面についてですが、私はエキエル先生が編纂したウィーン原典版を参考としています。自筆譜、その他ショパンが直接手を入れた校正譜、ショパン自らが書いた弟子の譜面へのメモなどさまざまな資料に基づいてショパンの真意に近づいている上、それらのことがらに関する解説が大変充実しています。他にはパデレフスキ版、全音版なども参照しました。パデレフスキ版はおそらく最も使用人口が多いと思います(少なくとも僕の周囲はみなパデレフスキを使っています)が、編者による根拠のない譜面の変更が一部分で行われているようです。全音版は譜面の明らかな誤植が多く、おすすめできません。指番号の振り番も、あまり考えられていないように思います(僕の指に合わないだけかもしれませんが)。

 さて、詳しくは各曲の項で書くのですが、4つのバラードは「バラード」という作品類型でくくられてはいますが、内容的な相違は大きいということには注意が必要です。ショパンを弾く際に求められる繊細さ、歌謡性などはどの曲にも共通して求められますが、後ろの2曲を弾く際にはそれに加えてとくに和音のバランスや適切な感情表現の技法が求められます。さらに、4番を弾く際には対位法に対する深い理解も欠かせないでしょう。ショパンに触れてきた経験が少ないならば、1番ないし2番の解釈からする方が比較的容易だと思われます。技術的な面でいうと、個人的に最も容易だと感じるのは1番なのですが、曲の長さやオクターヴの連続などから1番を難しく感じる人もいるでしょう。技術的な面で4番が最も難しいということに間違いはないと思います。


 さて、次の回からはバラード各曲についての解説を始めます。

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