春をまつ
会社を辞め、社宅を出なくてはならなくなった2020年。
銭湯の掃除を手伝う代わりに、格安で風呂無し物件に住めるという話を聞き、すぐに飛びついた。
そうして千鳥橋に引っ越してきて、気がつけばもう五度目の春だ。
春はいい。暖かくて、桜が咲いて、何より気持ちが明るくなる。
「春が来た」という瞬間は、何度でも感動してしまう。
今こうして文章を書いている間も、心の中では春を待ち遠しく感じている。
1月の外はまだまだ寒い。
それでも多分もうちょっと時間が過ぎたら、ふとした瞬間に「春」の足音が聞こえてくる気がする。そんな予感がする。
「もう春かな?いや、まだ少し寒い」「まだかな? いや、これを春と言ってもいいんじゃないか」
そうやって期待と戸惑いの間を行き来していると、ある日、確信する瞬間がやってくる。「ああ、これは間違いなく春だ」
この町に住むようになって、季節を教えてくれるのは風や花や、子どもの笑い声になった。
実家を出てからメッキリ言わなくなった「おはよう」とか「おやすみ」を言う機会が増えた。
約束していない人と、ふと顔を合わせることも増えた。
今日も春の気配を探しに町を歩く。
古びた路地の隅、昼間なのに影になっている隙間で咲く名も知らぬ花、猫のひなたぼっこ・・・
どれもが春を告げている気がする。
愛しいような、懐かしいような、胸が少しきゅっとなるような感情。
それはなんだか「友達に会えるかな」って気持ちに似ている。
春はもうそこまで来ている。
いしかわ