【エッセイ】残しておきたいアイデアは。
パソコンを開くと、さっきまで脳裏を駆け巡っていた言葉たちが
各々の好きな方向へ走り去っていく。
あれよあれよと順調に編まれていったストーリーは
キーボードを見るや否や縦横無人に反発し合い、
やがて一本の糸へ戻ってゆく。
それは、やっと見ることができた、瞼の裏で繰り広げられていた鮮明な世界を、
顔を洗う洗面所に着くまでの一歩一歩の振動で
確実に崩壊されていく感覚に似ている。
ずっと望んでいた夢から覚めた日の、洗面所までの距離は、
あまりに遠い。
顔を洗うまでもなく、さっきまでの日常は
幻と化しているのだから。
メモをする間もなく。
記憶する間もなく。
餌を与える間もなく。
「いいな」と思える色の鳥ほど
自分のもとに降りてきてくれた時にさっと残しておかないと、餌を与えておかないと、
すぐに飛び去ってしまう。
そんなことはわかっているのに、決してメモする癖はつかない。
きっと、さらに緻密に整った羽を纏って再び降り立ってくれるのだと
どこかで期待しているからだろう。
その羽のほうが、世間が耽美だと崇拝してくれるのだと
いつしか思い込んでいるからだろう。
残しておきたいアイデアは
どうして瞼に焼き付いてくれないの。