リレーレビュー企画① 『十代に共感する奴はみんな嘘つき』
推薦文
十代に共感する奴はみんな嘘つき、そう言い切ってしまえるだけの鋭さで女子高生の生活を描き出した傑作。私が十代の女子高生ではなく、二十代の男性であるということはさておき、最果タヒの描きだす人間の解像度は非常に高い。また、電波系に近い文体によって生み出される文の軽さと攻撃的な内容というギャップ、詩的表現を小説に落としこむ手腕には、詩人でありかつ作家である最果タヒのらしさが溢れているように感じられる。
(ここまでが推薦の表の理由で、裏の理由としては最果タヒの小説を評価する難しさにある。これまでの文章と矛盾するようだが、推薦文で書いた部分では最果タヒの小説の良さ、もしくは悪さが捉えきれていないように感じるのだ。その言語化できない部分への他者の視点や感想が欲しいということでこの作品を推薦した。)(鯨)
レビュー
当作品は、地の文における語り手でもある主人公(唐坂和葉)のある二日間を徹底して一人称視点から描写した物語です。主人公は基本的に誰に対しても斜に構えたような態度を取って、それでいて頭の中では目まぐるしく思考を回しているような強い自意識を抱えた十代です。それゆえ、作品のほとんどの部分は主人公の内面描写と言っても差し支えないほどで、その描写は圧倒的なリアリティを以て為されます......主人公のリアルさが少し重たく感じてしまうほどには。しかしながら、後半になるにつれて展開し、判明していく配役や構造の対比の綺麗さがそのリアリティを味付けに変えている名作です。
当作品のタイトルにある思想は、主人公によって二つの面から補強されます。その一つ目はコミュニケーションにおいて共感を尊ぶ世界と、それゆえにかわいそうぶる人間とそれをもてはやす人間への嫌悪。そして二つ目は、自分ほどの年齢の人々のことを理解した体で語りかけてくる年上に対する反発があります。彼らは自分(主人公)たちのことを、すでに過ぎ去った地点にあるものとして見くびって、下に置いてしか語り得ないのだ、と。これは後書きにて著者、すなわち年上の目線から補足されています。『十代というものがどうしたって象徴的に見えて、語りたくなってしまった』と書いているこれが全てであるようにも感じられますが、この過去と現在が相互に分かり合えない悲しみが一つのテーマとして描かれるのに対し、結末部はそれと対比されるような結論を書いています。
ここまでの説明で主人公が捻くれてばかりだと勘違いさせてしまったら申し訳ないのですが、この物語の幕引きでは驚くほどにその捻くれた描写は鳴りをひそめ、晴れやかな終わりを迎えます。最初に読んだ時、僕の主人公に対する解像度が低かったがために展開に振り落とされました。まるで、実はぼっちじゃなかった初岡さんに裏切られたように感じた主人公がごとく「お前、こっちも悲しい気持ちになっていたのに......いや、その悲しみって独りよがりな感情だ......」などと思考が渋滞を起こしましたが、ここで鍵になっていたのは、おそらく主人公の兄の存在でしょう。......これは最終部分が主人公と兄の会話で、兄について地の文でも繰り返しているため当然なのですが、それ以上にこの兄というのは主人公にとって象徴的な存在です。彼は昔は主人公がもっとも近しく感じていた存在のようであり、そして年齢という意味で一歩先をいく存在です。そんな自分の未来とも言える兄が変わって、過去の自分とわかりあえない、”大人”になってしまったとすると、自分もそうなってしまうのだろうという絶望を表す存在だったわけです(全部文章中に書いてるんですが僕は初読ではわからなかったことを告解します)。しかし、そんな絶望の象徴だと思っていた兄の遍歴には、物語の終盤に改めて見ると、無数の現在の連続があったわけですね。人がなんらかの選択をして変化していく時、それは現在という時間軸によって為される。だからこそ、自分の過去を理解できないものに変えてしまう未来への変化を恐れる気持ちを、今を愛する気持ちと捉え直すことできた、と。そういうの好き〜。主人公と兄、現在と過去、そしてこの後に少し書きますが主人公と同級生二人。これら全てが対比され、一つの物語に収斂している、そんな美しさを感じました。
序盤と中盤において、学校や同級生のやりとりの中で同級生二人が大きな割合で描かれるわけですが、この二人は主人公とは性質が全く異なり、あるいは主人公が嫌っている類の人間です。でも、この二人はそれぞれの意味で今を生きている人間なんですよね。物事を深く考えるタイプではなく素直な沢くんと、未来を見据える余裕はなく、生きる価値を探して初岡さん。主人公に見えていなかったものが見えるようになる構図はエモですよねってこの作品に書いてしまうことが正解なのかわかりませんが、単純に楽しめる作品になっているなとも思いました。読んでいて悲しくなったり苦しくなったりウケたり忙しい作品ですが、物語開始時点で分かり合えていないという前提ゆえに根幹であっても主軸にはなれない主人公と兄の物語がその他の登場人物とのヒューマンドラマによってほどよく味付けされていて、絶え間なく変化していく主人公の心の中の描写によって確かな質感を持っていると考えると、文庫本としても少し短めな文章量に比してとても味わい深い作品と考えます。
(温泉卵)
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