佐藤栄作は恩人なのか

当初の目標は日中国交回復だった

 1972年5月15日、沖縄は27年間の米統治から解放され日本に復帰した。その偉業を成し遂げたのが安倍晋三の大叔父に当たる佐藤栄作である。64年11月、首相に就任した佐藤は翌年8月に沖縄を訪れ、那覇空港で「沖縄の祖国復帰が実現しない限り、わが国にとって『戦後』は終わっていない」という歴史的な言葉を残した。それから約4年後の69年11月、ニクソン大統領との首脳会談で返還合意を勝ち取り、戦争で失った領土を平和的に取り戻したとして74年にはノーベル平和賞を受賞している。

 沖縄にとって恩人であるはずの佐藤だが、彼が政界で“沖縄族”と呼ばれたことはない。“沖縄族”とは彼の地の度重なる苦難に心を寄せ、戦後の復興に尽力した戦中派議員のことだ。郷土・薩摩による琉球侵攻の「罪を償わねばならない」と税制優遇などに腕を振るった山中貞則、沖縄戦の惨禍に心を寄せ官僚の反対を押し切ってサミットを誘致した小渕恵三ら首相・大臣級がずらりと名を連ねる。恩人の名がそこにないのはなぜなのか。

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