関西の旅1日目
野菜畑の土手に立っていると、スマホの電話が鳴った。
「今、何してるの」
「畑の野菜を眺めていたところ」
「いいね、鳥の囀りが聞こえるね。ところで、旅行は何処に行きたいかな、お父さんに聞いて飛行機やホテルの手配をするようにと、お兄ちゃんから司令が来た」と娘が言った。夫が今年の3月末に、長いサラリーマン生活を終えたことを祝うために、子供たち三家族から旅行をプレゼントしてくれるらしかった。結局、夫が一度も訪れたことのない大阪を中心に、京都へも足を伸ばす2泊3日の旅を希望した。
まずは、夫が旅行冊子を買いに本屋に出かけたが次々に本屋が店仕舞いをし、簡単に本が手に入らなくなっていた。やはり、本屋は衰退の一途を辿っている。その代わりに、県立図書館から旅行冊子を借りてきたのには驚いた。その2日後、少し離れた場所にある紀伊國屋書店で、書籍タイプの旅行雑誌を購入してきた。食事については、私の意向を汲み彼が計画を練った。
既に梅雨入りした鹿児島から、早朝便で大阪空港へ向かった。初めて関西へ行ったのは、高校の修学旅行で遥か昔のことだ。飛行機の窓から雲海を見ながら当時を想い出した。
1日目は、荷物を大阪城公園駅のロッカーに預けて、昼食を早めに済ませることにした。ネットで下調べをしていた『米粉ヘルシーカフェ セレンペッシュ 心斎橋店』を探すのに手こずった。スマホを片手に右往左往し、20分後にようやくお店に辿り着き一安心した。店内の壁の棚には、健康関連の雑誌や書籍が置いてあり一目で拘りを感じた。
夫は「発酵野菜たっぷりブッタボウル」と、食後に「ナッツのブラウニー」を食べた。私は「大豆ミートのガパオライス 」と、レモン塩麹ケーキにした。大豆ミートはあっさりしていたが、肉のような旨みを感じた。デザートに添えられた大豆クリームの美味しさは格別だった。
次の目的地は「こんぶ土井」だった。旅行冊子を見て、是非行ってみたいと思っていた。
店の入り口に風情を感じながら暖簾をくぐると、豊富な商品が陳列されていた。子供たちへのお礼に贈る品に迷ったが、瓶入りの「十倍出し」や「梅こぶ茶」などを購入し、宅配便で送った。そして、自宅用にも何種類か宅配便で送った。私の大好きな無添加食品を前に、こんな素晴らしいお店があったとは感激の極みだった。良い意味で頑固な職人さんたちが、百拾余年の伝統を守ってこられたのだろうと感服した。
商店街をあちこち歩き回った後、仁徳天皇陵に着いたのは、午後4時を過ぎていた。そこには、ボランティアガイドの初老の男性が二人おられたが、他には観光客は誰もいなかった。しかし、早い時間帯には、多くの参拝客が訪れたそうだ。
一人のガイドさんが話しかけてこられた。
「観光ですか、どちらからいらっしゃいましたか」
「九州の鹿児島です」
「そうですか、遥々」
仁徳天皇陵は世界三代墓領で、その中で広さは世界一であること、日本で一番大きな古墳で、次が父親の応神天皇陵で三番目が長男の履中天皇陵であることなどを教えいただいた。
「ただ、仁徳天皇さんも色々ありまして」
「あら、どんなことですか」
「奥さん以外にも女の人が‥」
「その時代、当たり前かもしれませんね、子孫を残さないといけませんから」私の言葉にガイドさんは、一瞬驚かれた。
「理解があるんですね、もしかしてご主人は大会社の社長さんで、そんな女性が居られるんじゃないですか」
「あはは、平民ですから一人を養うのが精一杯です」今度はこちらが驚いた。夫は、何処からどう見ても一般庶民である。流石は関西人、かえしが上手い。
「仁徳天皇の民のかまどの話が有名ですよね。『今、日本は税金と社会保障費が50%近くで庶民が困っています、お力をお貸しください』とお願いをしました」
「そうですか、でも税金がそんなことになっていますか」
「大阪は、電気料金も相当値上がりしているらしいですね、そして、上海電力が入り込んでいると聞きましたが」
「電気料金が上がってるのかな…シャンハイですか、シャンハイ」怪訝な顔で首を傾げられた。
「奥様が家計の管理をされてるから、ご存知ないんですね」
ガイドさんはいかにも、という笑顔だった。
仁徳天皇は、民のかまどから煙が出ていないのを見て、その貧しさを理解され税を免除された。民に親しまれ崇拝された仁徳天皇陵に、夫婦で参拝が出来て感無量だった。
お世話になったガイドさんに「ありがとうございました、お元気で」とお辞儀をし、古墳周りのまだ歩いていない道を歩いた。途中に、仁徳天皇を慕う磐姫皇后の歌碑があった。
足にかなりの疲労感があり、普段の運動不足は否めない、と反省しながら三国ヶ丘駅へ向かった。次は電車から降りて、夕食を予約していた「実身美」を探さなければならなかった。約束の18時30分が近づいているのに、お店に辿り着けず焦っていると「分からなかったら電話をしてくださいね」の言葉を思い出し、慌てて電話をすると、丁寧に根気よくお店の近くまで誘導してもらった。
「見えますか、ここですよ」どうやら近くまで来たらしい、初めて通る道は長くて遠かった。
「いえ、見えません」
よく見ると、歩道を行き交う人々に埋もれて、スマホで話しながら私に大きく右手を振る若い女性の姿があった。なんて有難い、一生懸命な彼女に感謝した。近くで見ると笑顔の可愛い素敵なお嬢さんだった。
玄米が美味しくて明日も元気に歩けそうだ。満腹でお店を出て大阪城公園駅へ向かい、ロッカーに預けてある荷物を出しホテルへ急いだ。遅いチェックインで20時を過ぎていた。ホテルの部屋は広く、窓からはライトアップされた綺麗な大阪城が見えた。
つづく