初めての確定申告
確定申告に関係する郵便物が某銀行から2通届くのを待っていた。依頼してから5日目に1通が届き、もう1通はなかなか届かなかった。
仕事から帰宅し郵便受けを確認すると空っぽだった。力無く手を離し「パタン」と蓋の閉まる音を聞き『これはきっと忘れられているよ、だって2週間をとっくに過ぎているのに未だ届かず、だもの』と郵便受けが言っているようで、夕暮れ時が一層空しく思えた。明日は必ず電話で状況確認をしよう。
「お願いしていた書類が、2週間以上経っても届かないのですが」
「そうですか」屈託のない明るい若い女性の担当者だった。
「待てど暮らせど届かないので‥」
「分かりました、5日後には届くと思います」
忙しいと誰しも忘れることはある、次は間違いないだろう。それから4日過ぎて郵便物が届き一安心し開封すると、最初送付されてきた書類と同じ物が入っていた。
「なんで」と呟きながら、明らかな間違いに溜め息を吐いた。次の日に問い合わせると、担当者の方が留守で代わりの方の対応になった。
「書類がなかなか届かないので再度お願いしたんですけど、前回と同じ書類が届きました。それじゃないんですよね」
代理の若い男性は、私の苦情で嫌な気分になったのか無粋な態度だった。電話は実際に対面して会話するより、感情が手に取るように分かる気がする。
「私の話しは通じていますか、ちゃんと担当の方に伝えてくださいね」
そう話すと、抑えようと思っていた憤りが増幅し、身体が熱くなるのを感じた。代理といえども『すみません』の一言ぐらい欲しいものだ、と思ったが言葉を飲み込んだ。
それから5日後に無事に届いた郵便物は、夫婦の書類が届く筈だった。しかし、私の分しか入っていなかった。怒りを通り越して呆れた。
その夜は床に入ってから、この事象で何を学べというのか、ふと自問自答した。暫くすると『自分の負の感情も含めて全てを許す』という気持ちになった。
朝になり、布団の中で言ってみた。
「今日の電話は、怒りの感情を捨て融和に努めます」
スマホを片手に9時になったら電話をかけようと準備をしていた。
「担当の〇〇さんをお願いします」
「今、他の電話に出ておりますので、代わりにお聞きして伝えましょうか」
「はい、これでもう4回目のお願いなんですが、どうも上手く連携が取れていませんね、不備に次ぐ不備ですよ」かくかくしかじかです、と話した。そこには、怒りの感情が見え隠れしていた。
『おっとこれではまずい、今朝の言葉を思い出して、抑えて抑えて』と自分に言い聞かせた。
「分かりました、折り返し担当よりお電話を差し上げます。お客様のお電話番号を教えてください」誠実そうな優しい女性の声だった。
私の感情は彼女に伝わっているような気がした。
10分もしない内に担当者の〇〇さんから電話がかかってきた。
「書類がまだ届きません、これで4回目のお願いなんですが至急送ってくださいね、貴女は明るいから話し易いです。それから幾つか質問があるので教えてください」
最初に届いた書類を見ながら、あれこれ質問をすると、彼女はパソコンでなにやら四苦八苦していた。
「書類上は微々たる金額ですが、次に役立つであろう私の大切な学びなんです」
「分かりました、少しお待ちください調べてみます」
「なんとかなりそうですね、貴女も一緒に学びましょうね、ありがとうございました」
算盤塾で教えているせいか、生徒に言うように偉そうな口調になってしまった。
「はい、申し訳ありませんでした」
この一連の流れで初めて謝ってもらったので、担当者の素直な言葉が聞けて嬉しかった。
それから2日後に間違いなく希望通りの書類が速達で届いた。1か月近くの日にちを要し、全てが目の前に揃った。
確定申告の相談予約をするために地元の税務署に電話をした。そしてLINEでしか予約が出来ないことを知り驚いた。
相談に行ってみると、長い行列が出来ていたが、私たち夫婦は予約のお陰でスムーズな流れに安心した。しかしLINE受付をせず並んでおられる方も多く、高齢者には難しい仕組みだと気の毒に思った。
順番が来て広い会場へ移動すると、選挙投票日の公民館のように、1人用に区切られた場所へ案内された。
夫婦で隣りに陣取ると、若い女性が私たち2人のもとへやって来た。
「スマホをお持ちですか」
「はい」夫婦で揃って返事をした。
「それではやっていきましょう」
いきなりスマホで確定申告の入力が始まった。言われるがままに操作をし、準備していた情報を入力していき、夫はサポートを受けながら2年分を済ませた。
私の1年分が終わりかけた頃に、スマホに不具合が発生し全てが消えてしまった。サポートの女性が『この場所は、電波があまり良くないんです』と言って最初からやり直しだった。チンプンカンとまではいかないが、何処まで理解出来たか甚だ疑問だったので、内心復習になると思い身構え真剣にやり直した。結局私は1年分を済ませ、残りの分を家で出来るか一抹の不安を抱えながらその会場を後にした。これに要した時間は3時間近くだった。時計は14時前で急にお腹が空き、1階のレストランへ駆け込んだ。
過去5年分の申告が出来るとインターネットで知ったのは最近だった。
自宅に帰り、忘れない内に残りをやってしまおうと残りの分に臨んだ。しかし、躓くことばかりでその日はお手上げだった。それから挑戦すること1週間、税金とスマホ操作の専門用語に悩まされ、ようやく夫婦の分を完成させた。初めての確定申告を決めた日から悪戦苦闘の日々が1か月以上も続いた。
総合課税、分離課税の意味も分からないところから出発し、完成させたことで達成感でいっぱいだ。落ち度がなければ良いのだけれど、取り敢えず銀行の担当者の方に、確定申告完了の旨と、その関係書類送付のお礼方々電話をしようと思っている。
おわり
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