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西尾幹二氏と移民問題 

令和6年11月1日の朝方、夫がスマホの画面をスクロールしていた。
「あ!」と珍しく大きな声を出したと思ったら続けて言った。
「西尾幹二先生が亡くなった」

「そうなの、追悼文を書いたら」

「いや、お別れの会に行っていいかなぁ」

冗談だと分かっていたが、案外本心で、きっとお別れを言いたいのだと思った。その代わり、近々出版されるだろう追悼本をいの一番に購入してくる筈だ。恩師である渡部昇一先生がご逝去された時もそうだった。

「日下公人は元気だろうか」夫がポツリと呟いた。

「以前、YouTubeに車椅子で出演されていたから‥どうかなぁ」夫が観ている動画を家事の合間に覗いた記憶がある。察するに日本を代表する保守言論人の方々を思い出したのだろう、彼の寂しそうな背中が印象的だった。

「そういえば、長谷川なんとかって人がいらしたよね」と夫に話しかけた。

「あー、長谷川幸洋」

「違う、面長の方で若い頃は左翼思想だったけど、右に変わった人」
そういえば、幸洋氏も保守に変わった人だと、先日夫に習ったばかりだった。苗字も面長も共通している、もしかしてご親戚?

「経済評論家の長谷川慶太郎のこと」

「そう、そう」

「あの人はもう亡くなった、凄く人気のある人だったなー」

「何年も前、貴方が読みかけていた長谷川慶太郎の本を少し捲って読んだのよ。『日本は単一民族だから纏まっているが、移民を受け入れたら大変なことになる』という趣旨の文章を覚えてる」

「ドイツが移民を受け入れて大変なことになっていると、西尾幹二も警鐘を鳴らしていたんだ、ドイツに留学してるから色々と詳しいんだよ」

「今、日本は移民問題で崖っぷち、両先生の懸念通りになったね。マスコミは報じないけど埼玉県の川口市は悲惨だよね。昔、埼玉県人だったから尚更気になる」この鹿児島でさえも海外の労働者らしき人を見かけることがある、他人事ではない早期に政治的解決を望みたい。

「西尾幹二先生も左翼思想から変わっていった人なの?」

「いや、ずっと変わらず愛国者だ。当時の学者では珍しいことだと思う」

「貴方も政治思想が変わった一人だね。今では娘にプチ右翼認定を受けてるけど、ハハハ」

「俺は真ん中だ。左翼思想のままの人もいるけど、大概の人がおかしいと気づくんだ」

「私はずーっと保守」と一介の主婦が主張した。


西尾幹二先生のご冥福を心よりお祈り致します。

追記
令和6年11月4日に警察官の巡回があった。

「最近、この地区で電話詐欺が多くて、海外からも来ますからね。番号の前に+が付いてたら、ほぼ詐欺ですから気をつけてください」

「81の前に付いてますよね」

「そうです、そうです。自宅の車庫の車もしっかり鍵をしてくださいね、遠くからも泥棒が来ますから」

「はい、分かりました。昔と違いますね、外国人の犯罪も増えてますしね」

「そうなんです、全く違いますよ。私たちだけの力では行き届きません。自分の身は自分で守る時代になりました」

私の脳裏に、移民問題やマスコミ報道の為体が浮かんだ。テレビのニュースに疑わしい物があるとか、政府がおかしいとかコロナ騒動で気付いた人もかなりいる。しかし、安穏として気付かない人の方が圧倒的に多いのが現状だ。様々な情報を見極めつつ生き抜く時代になった。

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