三つの扉
いまここに以前に別の媒体で記しておいた、懐かしいふしぎな夢の話を書きます。
以下は、わたしが1990年代前半にみた夢を翌日文章に起こしておいたものです。
長文になりますので、分けて読みやすいように場面展開の途中に数字をふっておきます。
「三つの扉」
そこは白い講堂のような建物だった。
屋根の上に十字架こそなかったが、まるで教会にも似た雰囲気を漂わせ窓枠や入り口はすべて石灰石のようなもので造られていた。
何の為にかは知る余地もなかったが、人々は吸い込まれるようにしてその講堂の中へと入っていった。
私は目的を持ち合わせている訳でもなかったが、すでに長蛇の列となっているなかに混ざって並んでいた。
ふと、なんの催しだろうと上の空で考えながら建物の中をぐるりと見回すと、ドーム型の高い天井には一メートル四方の天窓がいくつか設けられておりそこから外の陽がシースルーベールのようにやさしくふりそそいでいた。
行列の先頭は講堂の中心へと向かい、その前方には白衣をまとい白い頭巾のような帽子をかぶった年老いた司祭が立っていた。
年の頃は見当もつかないが、年齢の割りにはがっしりとした肉付きの良い体格をしており、その左腕で巻物を持ち抱え片手の手のひらを宙にかざしている。
私はすでに列の前方に位置し、そこはちょうど講堂の中心部分であり建物の形は正八角形であることがわかった。
床や天井や壁、それに司祭の服装に至るまですべてが白一色で統一されており、それとは対照的に私たちは皆思い思いに様々な色合いや模様の入った服を身に着けている。
どうやらここに訪れてくる人たちに司祭は同じ質問を繰り返している様子だ。
先頭にいた3人の女の子たちが連れ添ってパタパタと走り出したのでどこへ行くのかと目で追うと、司祭の立つ後ろ側の壁には三つの扉があり、そのいずれかに向かうらしかった。
順番が迫っていたためその光景を見届けることはなかったが、わたしの前にいた女性は真ん中の扉を開けると中に入っていった。
ペンダントを首から長くさげ、朗らかな微笑をうかべた司祭がわたしの目の前に立っていた。
花のようにやさしくまっすぐこちらを見つめる瞳は、それまでの不安や緊張をあっという間に解き放ってくれるように感じた。
「あなたは三つの扉のうち、どの扉を選びますか?」
低く落ち着いた声で問いかける司祭の手のひらが案内する方へ視線をやると、壁沿いに扉が3枚並んでいた。そしてそのうちの扉のひとつだけに上から光が差しており、あとの二つの扉は重々しく固く閉じられているようにみえた。
少々恐る恐るではあったが、私は迷わず
「真ん中の扉にします」と、答えた。
すると、満面の笑みを浮かべ司祭はこう言った。
「それでいいのだよ。さあ、行くがよい。」
2
それは、「現在の扉」だった。
街は時代も背景も普段とあまり変わらないように映ったがただ唯一異なる点は、過去も未来も存在しないということだった。
この世界にいる全ての人たちには、特定の家族もなければ思い出を共有しあう友人もない。未来の約束の下にパートナーシップを結ぶ者もない。
車通りの激しい公道の脇の歩道に佇み、これから先どこへ向かえばよいのか、かといって戻る場所などどこにも見つけられずにそのままひとまず歩き出すことに決めた。
私を知っている人間がだれもいないので、自らを頼みとするより他にない。
様々な人種にあふれたその街は活気と刺激に満ち、オフィス街と思われる場所には高層ビルが立ち並び舗装された道路は細かく区画整理され時折クラクションが鳴り響いたりしていた。
(皆、どこへ向かうのだろう。)徐々に不安になってきた。
友人に似た人にすれ違いざまに声をかけたが、相手はただ親切な交通標識のように私の記憶を否定するだけだった。
仕方なく再び歩き出しながら恋をした場合などについて考えてみた。
(未来に向けての約束が何一つできないのだから、いくら恋心を感じても互いの将来(時間)を所有することは不可能だ。愛はただそこにあるもので保持できるものではない。)
常に、現在、現在、現在の自分と関わらねばならず、自分自身の奥底にある自らの意志を操縦しながら行動するより他はなく、生きることそれ自体に休暇はなく、過去からの記憶という腰掛けも未来への夢物語も存在しない。それはいまを生きるという戦いだった。
川の様に時間は流れるものではなく、まさに大海の寄せては返す波のごとく同じ事の繰り返しのようでそれらは一つ一つのステップとして確実に変化してゆくプロセスを刻んだ。
何をすべきであるのか、自己のアイデンティティを見つけ出し探り出すことに精一杯の労力を費やし、一気に消耗していく中で、実際の時間に譬えたらおそらくものの3分程度しか経過していないはずなのに、生きているという実感はそれの数百倍にも相当した。
(疲れた・・・)
心の中でそうつぶやいたとき、私の周囲に広がる世界がいつの間にか「過去の扉」に移ったことに気づいた。
3
そこには昨日までと変わらぬ友人がいた。
一変して安心した私は、やはり過去という思い出の在り処は大事だと思った。
そこは後にビルが建てられ回収不可能となってしまったタイムカプセルが埋めてある空き地だった。いま居る私はもう子供ではなかったが皆快く歓迎してくれた。心がとても安らいだ。
しかし、そのようなほど良い心地よさもしばらくしてみると不自然であることに気づき始めた。
こんなこともあったね、あんなこともあったねと、話の内容は過ぎたことばかりで現在に関する話題や未来への希望が一切のぼってこないのだ。
私は懐かしむのはいい加減にして、今や明日を分かち合える仲間が欲しかった。
ここにいるすべての人たちは皆あらゆる可能性に目を瞑り思い出の中だけで息をしており、そしてそこから這い出ることすら恐れていた。
「皆、目を覚ましなよ!」私は苛立った。
何ら創造性の欠片もない無意味で怠惰な時間の経過にみえた。
(今こうして私は生きているというのに、今までのことしか考えられないだなんて!)
心の中でそう強く憤慨した途端、今度は「未来の扉」の世界へと場面が変わった。
風景はシルバーグレーに覆われていた。
瞬時にその世界の意識と同化した私は、過ぎ去っていった一歩後ろの記述は脳裏にも心にも刻むことは出来なくなっていた。
それは常に焦燥感という漠然とした息苦しい空圧に背中を押され、自らの意志が働かない間に思考によって体が勝手に突き動かされ次の行為へと駆り立てられるような不可解さを感じさせた。
人は皆、現在を知り生きようとすることはなく、過去という記憶の産物に過ぎないものを持たず、明日へ三日先へ前へ前へまるで階段を踏み外しながら進んでいこうとしている。
足元に気を取られてる余裕すらもなく、光の速度で魂が疾走するように、皆自分のことで精一杯のまなざしをきりもなく遠くへ向けているようだ。
それはまるで、地面と平行に吊られた一本の細いロープの上を目隠しで伝い歩くような冷や汗をかかせた。
一歩進むごとに残した足跡はすぐさま消えうせる。人々は何ら業績を積み上げることなく何の肩書きも持ち合わさず、名声は轟く場所を知らず、世界のありとあらゆる場所で神経が血走っているようだった。
4
砂漠の中の蜃気楼のような理想に人が操られ、現在をおざなりにしていかに未来に健全なヴィジョンを見出せようものか。
行き過ぎる人たちと心を通わせ合うすべもなく、人は人と協調し協力しあうことを忘れ、共鳴しあう心のすべてから自らを引き離しているようにすらうかがえた。
いつからか「個人主義」という名が世界全体の調和に対する無関心さの代名詞のように祭り上げられてしまっている。
人間の思考は最高潮のレベルに達しハイテクノロジーを生み出した替わりに不確定な計算因子を持つ心というものを不毛にしてしまった。
共存していくことのバランスを失い、安心と安定、協和と愛とが何処にも見あたらず安らぎは地平線の果てまでも奪い取り去られようとしている。
(ゥァァァァァ・・・!!)
あまりのやりきれなさに痛烈さを感じ、わたしは全精力をふりしぼるように声にならない叫び声をあげた。
目を覚ました。
夢だった。
司祭の言葉が再び心に響いた。
「それで、よいのだよ。」
私には意識の広がりがある。
今見てきたそれぞれ異なる世界のすべてがわたしの中でひとつになり雄大な広がりを見せている。ほっとした。
時にくじけそうになったとき励ましをくれる過去という記憶をもつことも、現在望む限りの道を選択してゆける意志(じゆう)を持つことも、希望や夢といった光を未来へ掲げてゆくこともできる、自分がとっても嬉しい。そう思うと現実の世界は寛大でとてもすばらしかった。
おそらく司祭はこう伝えたかったのだ、
「何より、現在(いま)が大事。」と。
既存の条件やルーツに縛られ、自らの意志の在り処を探ることすら怠り、機械的な日常を坦々と送るということは、生きながらにしてすでに死んでいるということに他ならないのだろう。
今この瞬間の自分自身に携わり意志するところを行うことが、現代に生きる私たち人類の最大のテーマのひとつでありそうだ。