音楽の美
いしいは感動した。
必ず、かの美しい音楽を知らねばならぬと決意した。
いしいにはラヴェルがわからぬ。
いしいはピアノ初心者である。
仕事をし、本を読んで暮らしてきた。
けれどもラヴェルに対しては人一倍鈍感であった。
ラヴェルの良さが全然わからない。
ボレロとパヴァーヌくらいしか聴いたことがない。
退屈で、わかりづらく、耳をするっと通り抜けて引っかかりもしない。
たぶん一生聴くことはないだろうと思っていたのだけど、そのとき演奏会で一番撃ち抜かれたのは、もっとも興味のなかったラヴェルだった。
聴いたのは「ラ・ヴァルス」だった。
それまで全く知らなかったので、予習していこうにも「これのどこがいいのか」と聴きながら寝てしまうし、たぶん演奏会でも寝てしまうな~と思っていたところ、やはりというか生で聴く演奏には圧倒的な力があるのだった。
「実はラヴェルが苦手だ」と吐露したところ、先生はラヴェルがお好きなのだそうで、その理由を伺ってみても、私には理解できる知識もなければ美意識もなくて、いまいちピンと来ず。
というわけで、最近ラヴェルの評伝を読んでいる。
本来なら音楽を通して作曲家への理解を深めるものだろう。
じゃぁそこでラヴェルを聴いてみよう、とならず、テキストから入るのがいかにも私らしい。
しかも、それが音楽理解に繋がるかはまた別問題だし。
最近、もっと根本のところで「美」って何なのかを考えている。
美学に関する本も読んでいるのだけど、かなり深淵というか、それを知るにはまず哲学から、みたいなところがあり、人生の時間が足りない。
そもそも、私にもっと音楽の素養があれば、ラヴェルの美をもう少し容易に感じ取れるのかもしれず。
理論的に理解するのではなく、直接的に受け取れる感性があればよかったなぁ、と今更だけどよく思う。
年齢とともに好む音楽は移り変わっていく。
若い時に好きだったマーラーやワーグナーはいまはもうNo Thank You。
ドヴォルザークは昔から好きだったけど、いま一番好んで聴いているのは以前見向きもしなかった室内楽だ。
そういった好みとは別の、美を理解できる見識を生まれながらに、もしくは若いうちに獲得できていたらよかったなぁ、と今更ながらに思う。
ラヴェルの評伝を読み終わったら、その音楽を聴いてみる。
美の一端に触れられたらいいな、と思いつつ。