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意味

ピアノを習い始めた、と話したら、

今から習ってどうするの?

と言われた。

そう感じる人がいても不思議ではないのだが、能天気に応援してもらえると思っていた私にはけっこうショックな言葉だった。

どうするの?
今から習って。
意味があるの?

確かに。
どうするんだろう。
今から習ったところでどうなるというのか。
大人がピアノを始める意味ってなんだろう。

その時のその一言は小さく私の心を折って、未だに「習う意味」みたいなものは時々考える。
考えたところで答えは出ないし、答えはないけど。

ピアノを始めるとき、先生にはふたつのことをお願いした。
ひとつは、ショパンのノクターンが弾けるようになりたい。
もうひとつは、楽譜を見てある程度自力で弾けるようになりたい。

ノクターンを目指すから大変なのであって、適当に弾きたい曲を弾くだけなら、そんなにがんばらなくてもいいとも言える。
コンクールに出たり、誰かに聞かせようとはハナから思っていないし、自分が満足すればいいなら、ムキになる必要がない。

私はことあるごとに「楽しくやりたい」と言うし、それは嘘ではないのだけど、どこかで「上手くならなければ楽しいわけがない」とも思っていて、まず上手くなりたいというのが楽しくやりたいの前にある。

でも。
上手くなれない、思ったほどには。
夢見たところでどうにもならない。
するとまた頭をもたげてくるピアノを習う「意味」

意味のないことをできる、結果を求めずにできる、というのが「豊か」である、ということなら、いまが人生で一番豊かだ。
ピアノを習ってどうするの?と聞かれたら「人生を豊かにする」という答えでいいのかもしれない。

ま、でも、言うほど深刻に考えているわけでもない。
ピアノは好きだし。
好きならそれでいいかとも思っている。

いるけどね、という話。





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