シンプルであることの大切さ
相手にスムーズに話が届かないということがありました。
3回全く同じことをほぼ同じ言葉で話しても、その時の相手の状態で、その都度その人の聴き方が変わっていくのです。
例えばこんなやり取りです。
1回目
A「この書類をこういう風に直しておいてくださいね」
B「え?間違っていたんですか?言われた通りにしましたけど。〇〇さんがこう言ったから・・」(間違えを指摘されたと思い、自分を正当化し始める)
2回目
A「この書類をこういう風に直しておいて頂ければ大丈夫です」
B「え?そうしたらこういうケースの場合は全部こういう風にしなければいけないんですか?こっちの書類も直すんですか?・・」(今、目の前のことではないケースを探し始める)
3回目
A「この書類だけを、直しておいて頂ければ大丈夫です」
B「わかりました、この書類を直せばいいんですね」(やっと納得する)
これは、Bさんが自分を守ろうとする思考が働く為、ポイントがあちらこちらにブレてしまい、シンプルなことを言っているのになかなか届かない状態なのです。
Bさんが今に集中していない状態がわかります。
過去に遡って心配したり、これから起きるであろう未来への心配を始めるという具合です。
また別のケースでは、
1回目
C「いつもこれがうまくいかないから、今度からこうしようと思っています。」
D「そうだよ。あなたはいつもそうやっているからうまくいかないって私は言ってたでしょ・・」(鬼の首を取ったようになる)
2回目
C「はい。なので、今度からこうしようと思っています。」
D「いつもあなたがうまくいかないから、私も仕事が増えるし、迷惑しているんだよ・・」(文句を言い始める)
3回目
C「迷惑をおかけしてすみません。」(受け取る)「今度からこうしようと思います。」
D「よろしく頼んだよ」(言いたいことを全部言い、落ち着く)
日頃不満を募らせているDさんが、相手を負かそうとする会話になっています。この会話にCさんが応酬すると、口論に発展して行きます。
このCさんとDさんのやり取りは、よく家庭内でもあるかもしれません。
いかがでしょうか?
これらような体験をしたことがある人は多いのではないでしょうか。
そして、誰でもA・B・C・Dどの立場にもなりうると思います。
このように、シンプルなことをそのままシンプルに聴いていないのはなぜなのでしょう。・・・それは、頭の中が騒がしすぎるのです。
“今”この瞬間だけを観ることができると、世の中はとてもシンプル。
「“ないこと”があって、“あること”がある」ただそれだけです。
シンプルすぎて「あぁ、そうだよね」と頭で理解し、わかってはいるかもしれません。
最初のケースでは、ただ「書類を直す」という依頼を受けただけ。
でもその瞬間に、頭の中でいろいろな考えが発動し、その考えから感情が揺れ動き、不安や心配が出てきます。
「書類を直す」というシンプルなことに、
「書類を直す」こと以外の“解釈”が付いていることがわかります。
二番目のケースでは、ただ「今度からこうします」という提案をされただけなのに、その瞬間に頭の中で、過去の不完了(過去を引きずっている状態)の出来事が浮かび、自分の不満のスイッチが押され、相手へその不満を言い募り始めます。
そして、自分にとっても相手にとっても良い提案すら、肯定的に受け取れなくなっています。
この二つのケースは、相手への評価と自分の正当化の思考がそうさせているのです。
様々な出来事が複雑に絡み合っている今の時代だからこそ、シンプルに物事を聴くことのできる耳とそのままを観ることのできる目を手に入れたいものです。
ただ「“ないこと”があって、“あること”がある」
そのようにシンプルな世界が見えてくると、そこに、相手がいて、自分がいて、お互いに感情と思考を持っていて、その場の中で、“ただそうである”だけなのです。
「相手がこうだから」「これが足りないから」「あれが悪かったから」などの“意味づけ”や“理由”、“原因探し”なども必要なくなってしまいます。
これがあるがままであるということ。
それを認識することで、シンプルな世界が現れてきます。
そして、世界はよりシンプルで静かになっていくのではないでしょうか。
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