自由意志から選択することを尊重する
「子どもの主体性を大切に・・」という保育に国の指針が変わりました。
その反面、「子どもの内に〇〇(英語・音楽・知育)をさせておきたい。」と早期教育を重視する考えの方も多くいます。
今までの日本の教育のほとんどは、後者の方かもしれません。
「子どもの主体性を大切に」
「子どものありのままを見守る」
「子どもに寄り添う保育」
これらの保育観は、素晴らしいとは思う。
でも、それをやろうとするけど、なかなか上手くいかない・・という人も多いのではないでしょうか。
また一方でこのような考え方もあります。
「子どもの内に英語に親しむようにすると英語が話せるようになる」
「子どもの時からテニスや野球・サッカーなどを習わせれば、運動能力が高くなる」
「早くから集団生活をさせると社会性が育つ」
これらはどれももっともらしい考え方です。
子どもに苦労をさせたくないから、早い内に対策をしたいと思っているけど・・本当に子どもの身になるのか?という疑問も浮かんできます。
上記の両者ともに、子どもに最善のものを提供してあげたい・・と願っていることは同じでしょう。しかし、そう願ってはいるけれど、本音は子ども(特に我が子)を自分の思い通りにしたいという私たちなのかもしれません。
『子どものために・・』が出てきたらその思考は曲者です。
私たち個人には、“自由意志”というものがあります。
「何が自由か?」というと、“選択”が自由なのです。
自分で選択したことには後悔がありません。
これで良かったのかな・・と、迷いがあるうちは“選択”をしていません。
これは〇〇だからこっちにしよう・・と、何か理由をつけて、自分に言い聞かせているのも“選択”ではありません。
“選択”には迷いも理由もいりません。
“ただ選択”するだけです。
自分の感覚を信じてただ「これだ」と選択をするだけ。
この感覚は子どもの方が得意です。
「どっちにする?」「どっちに行く?」「どっちを食べる?」と子どもに聞くと、「こっち!」と即決める子が多いのではないでしょうか?
「なんで?どうして?」と理由を知りたがるのは、大人の“思考”の癖です。
子どもが選択したことに対して、
「なんで?こっちの方がいいんじゃない?」と言っている自分に気づいたら、『これは私の考え(=思考)だ』と区別するだけです。
もし、子どもが自分で決められない子だとしたら、普段周りの大人が決めすぎている・与えすぎているのかもしれません。
大切なのは、子どもの選択を尊重できる大人であることです。
「子どもの主体性を尊重するために」何かをする必要はありません。
「子どもが将来困らないために」何かをさせる必要はありません。
子どもの“自由意志”を信じ、尊重し、子どもに様々な選択の機会を提供するのが大人の役割なのだと思います。
そうしていくうちに、子どもだけでなく、私たち自身が一つ一つ小さな選択を重ねて、「これでよし」「自分の感覚を信じて、大丈夫」という、自信になっていきます。
このように、人間には自由意志があります。
人生は、“今この瞬間の選択”の連続です。
自分の選択で世界は創り出されています。
だからこそ、この一瞬一瞬の“今”が観えていて、“どういう私が選択するか?”が大切。
“どういう私が選択するか?”が未来を創り出します。
“どういう自分として”人生を生きている私たちなのか。
それを子どもたちと一緒に探求していくことも、教育なのだと思っています。
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