明治大学シェイクスピアプロジェクト(MSP)、外へ!
ネビュラエンタープライズ・おちらしさんスタッフの福永です。
U25世代に向けて、舞台芸術に関する情報を発信する「ユニコ・プロジェクト(通称:ユニコ)」。
ここ2年ほど、取材をさせていただいている「明治大学シェイクスピアプロジェクト(MSP)」。
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今年は学内を飛び出し、学外で行われる公演がたくさん予定されています。もちろん、11月には毎年恒例の本公演『お気に召すまま』もあるので、ますます活動の幅を広げているのです!
今回は、そんなMSPの学外公演の第1弾として、先日熱海で開催された「第53回逍遥忌記念祭」での活動の様子をレポートしたいと思います。
2月28日は、明治の文豪・坪内逍遥の命日。毎年、この日に熱海で開催されるのが、熱海市・熱海稲門会・早稲田大学坪内博士記念演劇博物館の主催する「逍遥忌記念祭」です。坪内逍遥と熱海の関係は深く、明治30年辺りから、逍遥は毎年熱海を訪れていて、同44年の秋に荒宿(現在の銀座町)の別荘を建ててからは、大正、昭和と、その生涯の多くの時間を熱海で過ごしていました。熱海市の市歌も逍遥の作詞であったり、蔵書が市立図書館に寄贈されていたりと、まさに熱海は逍遥ゆかりの地なのです。
坪内逍遥といえば、演劇人にとっては「日本で初めてシェイクスピアの全作品を翻訳した人」として有名。現在の演劇シーンでも、月に数本は必ず、どこかしらでシェイクスピア作品が上演されていることを考えれば、演劇界に多大な影響を与えた人物だと言っても過言ではないでしょう。そんなシェイクスピアゆかりの人物の式典に、MSPの面々が参加するということで、偉大な歴史の営みと、熱い文化継承の精神を感じます。
会場となったのは、熱海駅から徒歩20分ほどの場所にある観光名所「起雲閣」。元は大正8年に別荘として作られた優美な建物で、その中にある音楽サロンという部屋が記念祭の会場でした。
式典はまず「お慕いのことば」として、熱海市長、熱海稲門会会長、早稲田大学演劇博物館館長のお言葉から始まり、次に来賓の挨拶、坪内逍遥のうた保存会の皆さまによる歌唱と続きます。そして少し休憩を挟んでから、「記念講演」として、MSPの出番になりました。
「公演」ではなく「講演」と謳っている訳は、MSPコーディネーターで、明治大学文学部教授・井上優先生の「講演」という形をとっているからです。先生は演台の前に立って、まさに講義のスタイル。壇上にはMSPから7人のメンバーが上がりました。
「講演」のテーマは、坪内逍遥が明治17年に書いた『自由太刀余波鋭鋒(じゆうのたちなごりのきれあじ)』。これはあの有名なシェイクスピア作品、『ジュリアス・シーザー』の翻訳です。
休憩の間も、先生とメンバーは最後の打ち合わせをしていました。先生はいたってリラックスしている様子でしたが、メンバーは少し表情が硬く、緊張の面持ち。それもそのはず、この式典に参列している方たちはほとんどがスーツ姿の一方で、MSPメンバーは学生らしく今時の私服での参加です。きっと「“場違い”なのでは?」と感じていたのでしょう。しかし、客席から見ていると、会場は若く聡明な学生たちが出てきたことをとても歓迎しているムードで、どんな公演を見せてくれるのかと期待に胸を膨らませていることを感じました。
時間になり、司会者から井上先生の紹介、MSPの紹介がされ、続いて先生のご挨拶がありました。さすがの先生は、ユーモアも交えつつ堂々とお話しになっており、その様子を見てメンバーたちも少しリラックスしてきたようです。
さらに、第20回MSPのプロデューサーで、今回は演者としても参加している宮嵜明理さんからも挨拶が。緊張はしているようでしたが、さすが1年間、200人規模の団体の長を務めていただけあって、とても堂々とした素敵な挨拶でした。MSPの他にはない素晴らしい実績を端的に紹介しつつ、学生らしい愛らしさもあって、始まる前から場内がすでにファンになっていることがわかります。宮嵜さんの言葉で特によかったのは、MSPが毎年毎作品、学生たちで新たに作品を翻訳するところから始めていることに触れ、「坪内逍遥先生の翻訳が日本最古なら、MSPでは日本最新の翻訳作品が観れます!」と結んだところです。MSPが大切にし続けていることについてしっかりと主張し、しかもそれを会の趣旨に合わせて坪内逍遥の偉業にも重ねる秀逸さ。この言葉で会場のボルテージは一気に上がり、いよいよ公演を観る準備が整いました。
「記念講演」の構成は、まず井上先生が作品の内容、背景などを1幕ずつ解説していき、その後、メンバーが各幕の抜粋された場面のリーディングを行うというものでした。
漢字だらけのタイトルからもわかるように、坪内逍遥の訳文は、いわゆる“文語調”で、聞き心地の良いリズミカルな響きをもつ美文なのですが、どうしても言葉が難しく、意味も理解しにくい側面があります。そこで、井上先生は、部分部分で適度に現代語に訳した台本に作り直していました。これが演出的にもとても面白く、例えば二人が会話するシーンでも、片方は文語調のままのセリフを喋っても、もう一方は今風な現代語のセリフで返したりするのです。片方のセリフで意味がとれるので、少しばかり難しい言葉が出てきてもおおよその内容は理解でき、ストーリーがすんなり入ってくるのです。井上先生は、作品としての『ジュリアス・シーザー』の内容、見どころなどをわかりやすく解説され、また坪内逍遥がこの作品を書いた時代の背景にも触れてくださったので、シェイクスピアへも、坪内逍遥へも関心が高まるような講義になっていました。
印象的だったのは、タイトルにもある「自由」という言葉について。明治時代に現在の意味が確立した、この「自由」という言葉は、歴史の授業で誰もが習った「自由民権運動」により、全国の知識層に広まったのだそうです。実はこの作品が書かれる2年前に、自由民権運動の指導者・板垣退助の襲撃事件があり、その際に板垣が口にした台詞「板垣死すとも自由は死せず」が新聞報道で瞬く間に全国に広まったときには、既に「自由」という言葉は一般的なものだったようです。
原作タイトルは人物名である『ジュリアス・シーザー』ですから、「自由」と訳す要素は全くありません。しかし何故ここで「自由」という言葉をタイトルに入れたのかを考えてみると、この時代の読者は作中にあるシーザー暗殺のシーンと、2年前に起きた板垣襲撃事件を重ね合わせやすく、リアリティ、臨場感、作品への興味を高めることが出来たと。この効果をより確実に引き出すためにはタイトルに「自由」というワードが必要だったのではないか、という仮説を話してくださいました。
また、有名なブルタスとアントニイの演説シーンがある第三幕では、いかに民衆が扇動されやすいかが描かれていることを解説してくださり、現代でも、そしておそらく明治時代の人たちも、同じような経験があったに違いありません。シェイクスピアはここでも普遍性を描いているのだと知りました。
公演自体もとても面白く演出されていて、リーディングでありながらところどころで体の向きを変えたり、立ったり座ったりする動きをつけていて、観客を退屈させないように工夫されていました。また、文語調のセリフの世界観に合わせるように、演出助手の阿部ひなたさんが拍子木を打ち、シーンの始まり、終わりの盛り上げに一役買っていました。
演者は過去の本公演やラボ公演などで見覚えのあるメンバーがほとんど。特にブルタス役の西川航平さんは、去年のラボ公演『新ハムレット』ではポローニアスを、一昨年の本公演『夏の夜の夢』ではシーシアスを演じていた印象的な俳優さんだったので、よく覚えていました。また『新ハムレット』ではおとなしいオフィーリアを演じていた横山心花さんが、今回は勇ましくアントニイを演じていたのにも驚きました。去年の本公演『ハムレット』では、演出を担当していた高橋奏さんも演者として参加していて、しっかりと演技を光らせており、MSPウォッチャーとしても楽しめる配役です。
終演後、宮嵜さんに話を聞いたところ、今回の稽古はオンラインで数回と、直前に一度集まっただけ。しかし、全くそうとは思えない完成度と迫力で、参列者はすっかり魅了されていました。
締めの挨拶をされた方もMSPメンバーの演技に大満足のご様子でした。何より、講演の最後には、参列者から自然と大きな拍手が沸き起こっていました。もしかしたら、この式典の名物コーナーとして、MSP公演が定番化されるかもしれませんね。
MSPは、この先もいろいろと新たな挑戦を控えています。4月になれば新年度のプロデューサーを中心に、次の本公演に向けても動き出さなくてはなりません。どこまで活動の幅を広げ、どこまで学生演劇、ひいては日本の演劇シーンにいい影響を与えてくれるのか、楽しみで仕方がありません。これからも可能な限り、MSPのことを応援しつつ、進化する彼らを取材していきたいと思います!
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