読んだ本の話
みなさま始めまして、こんにちは、スタッフの伊藤です。
最近は家にいる時間が前よりも多くなり、みなさまはいかがお過ごしでしょうか。
僕はといえば、読書をする時間が増えました。家にある買ったけれど読んでいなかった本、いわゆる積読の山を崩すように本を読み始めるようになりました。
しかし一冊の本を読み通すまでは他の本を読めないので、まだまだ本の山は登山家の心を折る程度にはそびえ立っています。早く読みたいのですが、それ以上に欲しい本も出版されてしまうので、もう本の山はずっとそびえ続けているのかもしれません。
本を読んでいると、これはちゃんと読まなければいけないと横になってリラックスした状態から姿勢を正すほどの熱量を感じる本があります。その瞬間持っていた本が急に重くなったような気がします。
そんな文章を一文字ずつ味わいたいと思った本を最近読んだので紹介させてください。
それは山崎努著「俳優のノート」です。
俳優の山崎努さんが舞台『リア王』に出演するにあたっての準備期間、稽古、本番まで7ヶ月分の日記からなる本です。僕は人の日記を読むのが好きなのですが、この「俳優のノート」も日記だからという軽い理由で買った本でずっと積読してしまっていました。
ふと特に理由もなく読んでみるかと思い立って読み始めたのですが、なぜ今までこの本を読まなかったのかと昔の自分を責めるほど、素晴らしく熱量がある本だったのです。
稽古が始まる5ヶ月前の日記から始まるこの本にはいかに山崎努さんが役と向き合ったのかが詳しく書かれています。日記は5ヶ月前からですが、出演は2年前から決まっていて、他の仕事をしている時もずっと頭の中にはリア王のことがあったとあり、稽古に入るまでの準備期間にはずっと上演する松岡和子訳の『リア王』を徹底的に読み込んでいました。
準備期間には長女の出産間近という生活の出来事がありつつ、台本と向き合っています。何度も何度も台本を読んで気づいたことを言葉にし、日々の生活から読んでいた台本の新たな視点に気づくなど、ここまで俳優は稽古が始まるまでに台本と向き合うのかと驚きます。
稽古中も他の役者さんの演技を観て、それを言葉にして日記として書いています。俳優ではないので日記をどう受け取ればよいのかわからなくなりそうなほどに、自分という存在に向き合い、他者との交流によって生まれる新たな自分を発見していくように読むことができ、自分の周りのことや体験したことを率直に描く言語力に日記という個人的な文章なのにじっくりと僕の心に伝わっていくのです。
僕が観ている数時間は何ヶ月も時間をかけた数時間なのだな、と読み終わったときに思うほどの本でした。だからこそ素晴らしい舞台公演を観たときに人生が変わってしまうのではないかと思うことがあるのかもしれないですし、観劇後の帰り道は普段の自分より感受性が強くなったのか電車の音や風景がいつもと変わったような感覚になることがあります。きっとそれは、目の前の俳優が何ヶ月も精魂や人生、肉体をかけて作り出した瞬間を観たからなのでしょう。
「俳優」という存在がどれだけひとつの舞台を成立させるために、何を考えどんな行動していたのかを知ることができます。
この本を読むと今後舞台を観るときの意識が変わってしまう気がします。しかしそれは観劇をさらに豊かにしてくれるかと思います。
日記なので読みやすく、演劇のことをよく知らないという方でも面白いと思える本だと思うので、機会があればぜひ読んでみてください。
もしかしたら松岡和子さん訳の『リア王』を一緒に読むとさらに面白くなるかもしれません。
僕が持っているのは旧版で今は別の表紙の新装版が出ています。