マリオができないあなたにやさしさを - 『Neon White』
類は友を呼ぶ。
なので、子供の頃に俺がつるんでいたのは大抵オタクだったし、大体ゲーマーだった。人によってジャンルの得手不得手はあるものの、人生で一度もマリオやったことない奴いる?という程度には、自分の周囲ではゲームが共通文化としてみなされていた。俺が生まれ育った田舎では若者好みのする物質的な娯楽が絶望的に不足しており、そうした環境がネットやゲームといった電子文化を助長していたようにも思える。おかげさまで良いことも悪いことも多々あったが……それはまた別の話だ。
ともあれ、中高生の頃の俺には『若者はゲームができて当たり前』といった感覚があった。
だから、『世の中にはマリオができない人種がいる』という事実を理解するのには少し時間がかかった。見えている足場をいとも簡単に踏み外して転落する人種。適切な助走距離とジャンプのタイミングが掴めない人種。十字キーの右を押しながらジャンプボタンを押すことすらままならない人種。こうした人々はたいていアクションゲームの経験値そのものが少なく、FPSなども当然苦手とする場合が多かった。アクションゲームは、俺が思っているよりも人を選ぶジャンルだったのだ。
今回紹介する『Neon White』をごく大雑把に説明すると、マリオのような足場渡りをFPS視点で行うというゲームだ。プレイヤーは二段ジャンプや空中ダッシュなど様々なアクションを活用しながら立体的なコースを駆け抜け、敵を殲滅し、ゴールまでのタイムを競う。
さきほど述べたアクションゲーム苦手人種にとってこのゲームは地獄のように難しく思えるかもしれないが、耳をふさぐのはもう少しだけ待ってほしい。
なぜなら、『Neon White』は皆にやさしい天国のようなゲームだからだ。
難易度が易しいという意味ではない。『Neon White』は優しいゲームだ。誰にとっても。
やさしいレベルデザイン
既に説明した通り、『Neon White』はFPS視点でスピードランを行うゲームである。ユニークなのは、コースに落ちている”ソウルカード”を拾い、それを使って進んでいくところだ。ソウルカードには銃の絵が描かれており、左クリックで射撃し、右クリックで捨てることができる。そして、捨てると同時に特殊なアクションが発動する。
例えば、ピストルのカードを捨てると二段ジャンプし、ライフルのカードを捨てると空中ダッシュする、というように。使えるソウルカードはゲーム進行と共に増えていくので、序盤からアクションが多すぎて混乱することはないし、終盤でアクションのバリエーションの少なさに飽きるといったこともない。シンプルながら理想的な難易度曲線といっていいだろう。
ほとんどのコースは長くて1~2分、短くて10秒そこそこで走破できる小規模なものばかりで、心地よい集中を維持しながらダレずにプレイできる。コースを走っている間はいつでもワンボタンでリトライでき、ロード時間は全く存在しない。また、ストーリーは10コースで1ミッションというかたちで区切られているので、リトライしないなら30分もかからずに1ミッションを終えてキリのいいところまで遊べるだろう。時間に追われる現代人向けによく考えられたミニマルなゲームだ。
敵であるデーモンを全滅させないとゴールに辿り着いてもクリアできないのは一見窮屈そうだが、各コースは視界に入ったデーモンを順に倒していけば自然とゴールするように作られている。つまり、デーモンは実質的に誘導標識みたいなものだと考えればいい。
先に述べたカードについてだが、拾った次の瞬間には壁や段差などがあり、すぐにカードを捨てないとその先には進めないコースがほとんどとなっている。この仕様もまた一見つまらなく感じるかもしれないが、拾ったカードを切るタイミングでいちいち悩まなくて済むという利点がある。この手のゲームはハイスピードすぎてプレイヤーの反応が追いつかず、しばしば迷ってしまうことを考えると、この仕様はむしろユーザーフレンドリーだ。
本作にはSwitch版もある
アクションゲームの要となる操作性に関していうと、『Neon White』は文句のつけようがないほど優秀だ。走り出した瞬間からトップスピードなので助走距離など面倒なことを考えなくていい時点で、アクションゲーム分かってるポイントはかなり高い。また、本作はFPSとしては落下速度がかなりゆっくりで、空中でも地上と同じ操作感でキビキビと動かせる。そのおかげで、空中ダッシュを繰り返して足場を飛び渡るような場面でチープな落下死に怯えなくていいのも高得点だ。
こうしたスピードラン系のゲームといえば、敵をなぎ倒してゴールに突っ込んだときの”俺ってゲーム上手いんじゃね?”感がたまらない。醍醐味といっていいだろう。けれど、ゲームスピードが速すぎると難しくてゴールすらままならないし、遅すぎると疾走感が失われて楽しくなくなってしまう。そこでちょうどいい塩梅をとるのは、ソニックのような大御所でさえしばしば失敗するものだ。
『Neon White』は、この”俺ってゲーム上手いんじゃね?”感を誰でもすぐに味わえるように、コース設計からゲームスピード、操作性、ロード時間に到るまで綿密に作り込まれている。おかげで、初見のステージでも気持ちよく駆け抜けられるというわけだ。
おもてなしの心が行き届いた、やさしいゲームだというのが分かるだろうか。
1コースで4度楽しい
『Neon White』はクリアタイムによってブロンズ、シルバー、ゴールド、エースの順にメダルが手に入る。メダルに応じて”インサイト”と呼ばれるスコアが手に入り、一定以上のインサイトを取ると”ネオンランク”が上がる。規定のネオンランクに到達すると、次のミッションに挑戦できるという仕組みだ。
アクションゲームの心得がある人なら、初見でもシルバーかゴールドメダルは堅いだろう。ここでも優しいことに、ブロンズしか取れなかったからといってゲームの進行が止められることはなく、すぐに次のコースへと進むことができる。同じコースを繰り返しクリアするだけでもインサイトは上がっていくので、時間さえかければ誰でもエンディングには辿り着けるはずだ……少なくとも、理屈の上では。
面白いのは、初見でエースメダルを手に入れるのはアクションゲームに慣れていてもかなり難しいということだ。敵を倒し、カードを切り、コースを道なりに進んでいくだけでは、スムーズに行ってもゴールドが関の山だろう。というのも、本作のコースにはマリオカートのようなショートカットがほぼ必ず設けられており、エースメダルのためにはそれを利用するのが前提となっているからだ。
さきほど述べた通りコースは全体的に短いものの、縦にも横にも入り組んでいるので、手探りでショートカットを見つけるのは至難の業だ。そのため、『Neon White』ではゴールドメダル相当量のインサイトを獲得したコースには目印──文字通り”目が描かれた印”だ──が現れ、ショートカットを教えてくれるようになっている。いわば、ショートカットのショートカットだ。目印に従って移動すれば、さほど苦労せずにエースメダルを獲得できるだろう。こういうあからさまなヒントの類は往々にしてプレイヤーの達成感をスポイルしがちだが、ゴールドメダルを得る時点で正攻法でクリアしているおかげか、少なくとも俺はズルをしているような気持ちにはならなかった。
プレイを進めていくと、時には初見のコースでもショートカットを発見できるし、あるいはものすごく操作が上手くいってショートカットなしでもエースメダルを獲得できたり、さらにはまったく異なるショートカットを開拓することもある。そういうときに制作者を出し抜いてやったような良い気分になれるのも、本作の魅力だ。
些細な点ではあるが、本作はエースメダルを取るまではオンラインでの世界ランキングが解放されない仕様になっている。これもまた、非やり込みプレイヤーのクリア体験を矮小化させないためのちょっとした心遣いかもしれない。
コースのどこかにあるプレゼントを手に入れて各NPCに渡すことで、彼らとの交流イベントを進められる。このプレゼント探しは、普通にコースをクリアするのに比べてパズル要素が強いものだ。手に入れた二段ジャンプのカードをあえて使わずにコースを逆走し、通常のジャンプで届かない高所にあるプレゼントを取りに行く……といった具合に、頭を使わないといけない。しかも、これはショートカットと違ってノーヒントなので、分からないときは本当に悩むはめになる。その分、時間をかけて謎が解けたときの気持ちよさは格別だ。
新しいコースに来たら、まずは普通にゴールを目指して走る。次に、エースメダルを目指してショートカットを見つけ出す。さらに、プレゼントを探して知恵を絞る。そして最後に、コンマ1秒を巡る熾烈なタイムアタックが始まる。『Neon White』は、1コースで4度楽しめるお得なゲームなのだ。
とはいえ、エースメダルやプレゼントは本編クリアに必須な要素ではない。ストーリーを進めるのを優先するなら、これらはやり込み要素として寝かせておくのもアリだろう。こうした選択をプレイヤーに委ねてくれるところにも、このゲームのやさしさが垣間見える。
やさしくポップな物語(深くはない)
『Neon White』は優れたアクションゲームであるが、コースを走ってデーモンを倒すだけというわけでもない。さきほど述べたプレゼントによるNPCイベントのほか、各ミッションの合間に挟まれるADVパートも充実している。
生前の記憶を失った罪人、ネオン・ホワイト。クールなキャラデザとは裏腹に、童貞臭くて微妙に締まらない主人公だ。イエロー、レッド、ヴァイオレットにグリーンといった彼の過去を知るネオンたちとの会話劇はいい意味で洋ゲーらしくない……というよりどこかラノベっぽい。彼らネオンたちは天国の永住権をかけて命がけで争っているはずなのだが、劇中でシリアスさやハードボイルドが強調されることはなく、全体的にポップな印象だ。天国の秘密やホワイトの過去が明らかになる本編にはそれなりに牽引力がある一方で、プレゼントを通じたNPCイベントでの会話は気が抜けてしまうほど他愛のないものも多い。プレゼントを探す努力に見合っていると感じられるかは人それぞれだ。
ストーリー面で特筆すべき長所は少ないが、インディーゲーにありがちな妙にエグい描写や設定でプレイヤーの心をささくれ立たせるようなこともないので、地雷を踏まれる心配は少ないはずだ。幸い、ホワイトを始め本作のキャラクターたちはどれも愛嬌のある連中なので、プレイを通じてみんな好きになれることだろう。特に、猫型天使のマイキーは嫌いになるのが難しいほどいいキャラをしている。
アクションゲーム、アク抜きで
多くのアクションゲームは、その難易度によって否応なくプレイヤーを選別してしまう。例えば『SEKIRO』は俺にとってオールタイムベスト10に入るほど面白いゲームだが、その難しさは明らかにプレイヤーの素養を強く試すものであり、やはり万人には勧められない。マリオ、ロックマン、ソニックといった大御所もその知名度に反して色々と難しいゲームだし、かつては不親切だったり理不尽なところも多かった。強烈な中毒性を持つ優れたアクションゲームは、同時に擁護しがたい強いアクを持っていることが珍しくないのだ。
しかし、『Neon White』は違う。この作品は一人でも多くのプレイヤーを取り込めるように、丹念に丁寧にアク取りを行い、誰でもフェアに楽しめるやさしい味わいに仕上げている。難易度はプレイヤーを楽しませるためにあり、決して振り落とすためにあるわけではないというゲーミング博愛主義の徹底ぶりには頭が下がる。グラフィックこそPS2めいて質素な本作だが、アクションゲームとしての純度の高さと懐の深さは凡百のAAAタイトルを優に超えているといっていいのだ。こんな研ぎ澄まされた作品が2000円台で遊べるとは……まったく、ゲーマー冥利に尽きる。
最後になるが、『Neon White』はサントラも最高だ。エレクトロニカアーティストのMachine Girlが手掛けたジャングル/ドラムンベース楽曲の数々は、プレイ中の疾走感をガンガン高めてくれる。深夜の湾岸をドライブするときなどにもピッタリかもしれない。このサントラは各種サブスクで配信されているので、アクションゲームはどうしても無理という人もぜひ一聴してほしい。
特に"Cloud Nine"と"House of Cards"がオススメ
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