成功の妄想
Delusion of Success
Dan Lovallo and Daniel Kahneman, 2003
ビジネスに大失敗はつきもの。ほとんどの設備投資計画は工期が遅れ予算を超過、予想通りに進まない。北米における製造工場の7割以上が創業から10年以内に閉鎖となる。企業買収の3/4は投資に見合うリターンを回収できない。新市場に進出した企業の大多数は、数年のうちに撤退する。
伝統的な経済学の理論は、失敗率の高さをこう説明する。
不確実な環境でビジネスを行う企業が合理的なリスクを取る以上、失敗の頻発は避けられない。起業家・企業のマネージャーは成功が十分魅力的なものであることを理解している。長期的に見れば、いくつかの成功は数えきれない失敗よりも評価されるのだから。
以上は、企業の役員クラスから見た主張である。これらの主張はこれまでの失敗に対する批判から逃れるものであるが、結局彼らは適切なリスクを取ったに過ぎないのだ。しかし、この現象を経営学者と心理学者という2つの視点から見てみると、全く異なる結論に至った。我々は多くの失敗の原因は合理的な選択が間違った方向に行ったからではなく、誤った意思決定であると考える。経営陣は、リスクの伴うプロジェクトの成果を予測する際、いとも簡単に心理学者が呼ぶところの計画錯誤(planning fallacy)に陥ってしまう。経営陣のサポートを得たマネージャーたちは、利得・損失・確率に対する合理的な見積もりをせず、成功を妄信するわけである。つまり、良いことを過大評価して、コストを過小評価する。彼らは空想的な成功シナリオを描き、潜在的な過ちや計算ミスを見過ごしてしまう。結果的に、マネージャーたちは現実的ではない予算や時間成約の中で成果を求めることになる。
経営陣の過度な楽観は、認知バイアス(私たちの心が情報を処理する際のエラー)と組織的なプレッシャーから生まれている。その2つはどこにでもあるものだが、和らげることは可能である。リソース、経験や期待など今まで企業が活用していた予測プロセスに、簡単な統計学の取り組みを組み込めば、経営陣はプロジェクトの成果をはるかに正確に予測することが可能になるだろう。それは「外部の視点」である。(コラム参照)
バラ色の眼鏡
ほとんどの人々は超楽観的である。個人の最も強力な傾向の一つは、個人の能力の過大評価である。100万人の学生を対象に1970年に行われた調査を紹介しよう。7割の学生は、同級生の平均と比べてリーダーシップ力があると答え、平均以下と答えた学生の割合はたった2%だった、体育会学生にきいてみたところ、6割の学生が中位数以上、以下と答えた学生は6%しかいなかった。人とうまく付き合う能力について尋ねたところ、6割の学生が上位1割に入ると答え、25%の学生は上位1%に入ると答えた。
自分の能力を過大評価する傾向は、出来事の原因を考える際さらに大きくなる。帰属の誤り(attribution error)の典型的なパターンは、真の原因が何であれ、良い結果は自分のおかげだと主張し、悪い結果は外部要因のせいにすることである。上場企業が発行する株主への手紙を対象にした研究では、経営陣は良い結果を自らの企業戦略や研究開発の賜物であると主張し、逆に悪い結果については天候やインフレなどの外部要素のせいにする傾向があることが分かった。自己奉仕バイアス(self-serving bias)はアニュアル・レポートや経営者によるスピーチを対象にした研究でも明らかになっている。
我々は運の要素を過小評価し、コントロールできることの範囲を過大評価する傾向もある。ある研究において、参加者は電球を赤く点灯させるボタンを押すように指示された。ただ、その電球は自分が押したことによるだけでなく、ランダムに点灯することも伝えられた。終了後、ほとんどの人が総じて点灯したのは、自分が押したからであると、自分の行動の影響を過大評価していることが分かった。
経営者や起業家は、このようなバイアスの存在に対してかなり懐疑的である。設備投資計画、M&A、新規参入において当初の予想と実際の成果を比べた研究は、彼らの過度な楽観姿勢を証明している。業種を問わず、スタートアップの8割はシェア獲得目標を達成できなかった。これらの研究は経営陣の観察によってさらに現実味を帯びてくる。経営者も一般人と同様に、自分の能力を過大評価する。マネジメント能力のような曖昧で測定不可能なものは特にそうである。彼らは過度な自信により、プロジェクトを進めるなかで発生するどんな問題も解決することができると思ってしまう。この誤った理解は、偶然の幸運をも自分の成果と考えてしまうことでさらに強くなってくる。M&Aを例に考えてみよう。企業買収は好景気の時に発生しやすい。経営陣は好調な業績を景気のおかげではなく、自分の功績と考える。そして自分への自信を深めていく。最終的に、自らの正しい計画と素晴らしいマネジメント能力により、買収対象会社の価値を上げることができるという自信過剰がたたり、多くの場合M&Aは失敗に終わる。
過剰な自信を生み出す認知バイアスは、人間の想像力の限界により生み出されている。どんなに詳細に計画を立てても、十分ではない。理由は簡単で、すべての計画は無数の問題の直面するからである。これら無数の問題は、人間の想像力を超えてしまう。結果的に、シナリオプランニングは物事が望まない方向に向かってしまう確率を過小評価してしまう。マネージャーはよく「最もあり得る」シナリオを考える。しかし、仮定が間違えていることがある。マネージャーはプロジェクトが遅延したり妨害されたりするすべての物事を考慮していないからだ。一つひとつの物事の発生確率は低くても、組み合わせるとかなり大きな確率で発生し得ることもある。これらは、「最もありえる」シナリオより、よっぽどあり得るわけである。
好ましい側面を強調する
ビジネスの環境では、人々が生まれながらにしてもっている過剰な自信が、2つの認知バイアスによってさらに増大する。それは、アンカリングと競合無視である。これに加え、良い面を強調して悪い面を隠す政治的プレッシャーも重要である。
アンカリング
経営陣と部下がプロジェクトの予測をする際、プロジェクトを仕切る人間が作った計画が始点となる。彼らはその計画を、市場調査、財務分析、または自身の判断により修正をしていく。そして、プロジェクトを進めるかどうか、進める場合どのように進めるべきかという結論に達する。この一見非の打ちどころのないように見えるプロセスに、重大な欠点が存在する。最初の計画は、提案が通りやすいようにかなり楽観的な計画になっている。これはアンカリングの影響である。
アンカリングのパワーを示す実験がある。参加者に社会保障番号の下4ケタを最初に書いてもらった。その後、マンハッタンの外科医の数を見積もってもらった。結果、社会保障番号の下4ケタと彼らの見積もりの相関はかなり高かったわけである。彼らの社会保障番号という無関係な数字と見積もりを切り離すことに失敗した。
大規模な設備投資計画のコストを見積もる際、アンカリングは顕著になる。経営陣が計画の修正に対して資金を確保するが、多くの場合、その金額は不十分である。彼らは当初のコストにアンカリングされており、計画の遅延や問題に応じて資金を調整できないのである。3M、デュポン、テキサコなどの大企業が所有する化学プラント44か所を対象にランド研究所が行った研究によると、プラント建設費用は平均して当初の2倍に上っていることが分かった。さらに、操業開始から1年後、最大生産能力の75%以下しか生産していないことも分かった。ほとんどのプラントでは、長期計画が下方修正され、所有者は投資を回収することができていない。
競合無視
企業の成果を左右する大きな要素の一つは、競合他社の動きである。しかし、こと業績を予想するとなると、経営陣は自社の能力や計画にしか注目せず、他社の潜在能力や行動を無視する傾向がある。これは、好ましくない出来事を過小評価した結果である。ウォルト・ディズニー・スタジオの元会長であるジョー・ロスはこの問題を1996年のロサンゼルスタイムズ紙でこう振り返る。「私は最高の製作部門を持っている、強いマーケティング部門を持っている、これで行こう!と自分の会社のことだけ考えて言う。そして、他の誰も同じように考えているとは想像しない。」
競合を無視することは特に新規参入の際に強烈な痛手となり得る。自社の製造能力に合致する急成長中の市場があれば、急いで投資をして製造能力を増強してマーケティングを行うだろう。これらの行動は、収支計画予想によって正当化される。しかし、この収支計画は魅力的な急成長市場に競合他社もこぞって参入してくることを考慮していない。競合が参入してくれば、供給が増え、価格が下がり、当初予想していた利益率は実現できないのである。優れた資本家ですら、昨今のインターネットブームでこのワナに引っかかっている。
組織的プレッシャー
すべての会社組織は、新規プロジェクトに投下する資金も時間も限られている。時間と資金をめぐる社内競争は激しく、社員は自分の提案するプロジェクトが最も魅力的のあるもののようにプレゼンを行う。予想は最強の武器であり、個人や部署は望ましい数字を強調する。このプロセスは、2つの病的な側面を持っている。ひとつは、超楽観的な予測になってしまうということ。もうひとつは、最も楽観的な予想を伴うプロジェクトが選ばれるが故に、そのプロジェクトは失敗する確率が最も高いということだ。
別の企業内での習わしも楽観論を助長する。担当役員は担当する部署の成果を伸ばす重要性を強調する。これにより社員のモチベーションは上がるものの、担当部署の業績予想を非現実的な数字に押し上げてしまう効果がある。この数字が、社員の業績評価の基準になれば、社員が危険な行動をとる可能性もある。そして、企業内文化は悲観論を嫌う。悲観をすればたちまち、会社に忠実ではないとみなされてしまう。悪いニュースを持ってくる人はのけ者扱いされ、無視される。悲観論が粛清されて、楽観論が重宝されると、企業が批判的に考える力がどんどん弱くなっていく。社員の楽観は交流を通じて強くなり、非現実的な予想は組織によって承認されていく。
楽観論を正しく使う
我々は楽観が悪いとは言っていない。楽観は現実思考よりもやる気を生み出すし、社員が困難に直面した時も頑張る強さを与える。企業は社員がモチベーションを持ち集中して取り組むため、楽観を促進するべきである。ただ、同時に企業は現実的な予測を立てるべきなのである。そう、楽観と現実思考、目標と予測のバランスが大事なのである。挑戦的な目標は人々を鼓舞し、成功する確率を上げる。
理想的には、企業の意思決定をサポートする役割・役職と、目標に向かって計画を推し進める役割・役職を明確に分ける必要がある。前者は現実的な見通しに基づき、校舎は楽観論に恩恵を受けながら業績を上げていく。例えば、超楽観的なCFOは最悪。逆に、営業成績を追い求める責任者は、外部の数字を見ない方が良い。やる気をなくしてしまうから。
役割・役職を分けるのは一般的な話で、例外としてCEO、プロジェクト責任者、部門長は楽観と現実の2つの側面を同時に持つ必要がある。もしあなたがそのような立場になることがあれば、外部の観点を十分に取り入れて計画を作った方が良い。客観的な予測は、懸命な目標を立てるのに役立つ。企業がプロジェクトに向かって走りだしたら、成功確率を修正することは好ましくない。楽観という良薬はあなたとあなたの部下が困難に直面した際、効果を発揮するだろう。
コラム:外部の観点を得る5つのステップ
1. 参照クラスを選ぶ
正しい参照クラスを選ぶには、科学的な考え方とアート的な心が必要。
簡単な場合からお話します。もしあなたが映画を製作していて、興行収入を予測したいのならば、同じジャンル、同じような主演俳優、同規模の予算の作品を選択できる。難しい場合もあります。例えばあなたが化学メーカーの管理職で、新技術を備えたオレフィン繊維の新プラントを建てようとしている時、あなたは直観的に現在操業中の工場を参照クラスとして考えるでしょう。しかし、おそらくその参照クラスは、新技術を備えた別の化学プラントにした方が良いです。つまり、プラントの成果は、作っているモノよりも技術の新しさに影響を受ける可能性があるということです。
競争が激しい環境を考える場合、産業構造と市場要因を考慮して参照クラスを考える必要があります。鍵は、統計学的に意味のある大きさでかつあなたのプロジェクトと比較可能なほど、絞るということです。
2. 成果の分布を検証する
参照クラスが揃ったら、先行プロジェクトを並べて分布にします。分布の外側に位置するもの、中位数、クラスターなどを分析します。すべての参照クラスについて正確に調べることは難しいかもしれませんが、成果の平均とばらつきについて見ることができます。映画の例では、参照クラスの映画群が平均4,000万ドルの興行収入があったものの、上位10%は200万ドル、上位5%は1億2,000万ドルの興行収入があったという具合に、分布を確認することができます。
3. 分布における自分のプロジェクトの位置を直観的に予測する
あなたの予測には必ずバイアスがかかっていると思いますが、とりあえずステップ3では位置のめぼしを付けてみる。
4. 予測の信頼度を検証する
予測が簡単なプロジェクトもあります。例えば、気象予報士が予想する2日後の気温は、スポーツキャスターが予想する来年のスーパーボウルのスコアより信頼できます。このステップの目的は、ステップ3におけるあなたの予想の信頼性を測るということです。目標は、予想と実際の成果の相関係数を見積もることです。これまであなたの予想が成果とどの程度相関があったかという情報があれば、最高です。その情報に基づいて、相関係数を算出するだけです。もしそんな情報がなければ、検証はやや主観的になってきます。映画の例に戻れば、あなたの映画の興行収入予想の正確性は、スポーツキャスターの予想を上回る自信はあるけれど、2日後の天気予報には負ける。このような形で、予想の信頼性を見積もっていきます。もし計算が難しければ、統計学者に助けを求めましょう。
5. 直観的見積りを修正する
バイアスの影響により、直観的予想は楽観的になりがちです。つまり、参照クラスの平均から右側に離れているということ。ステップ4で行った予測分析に基づき、平均方向に修正していきましょう。予測の信頼性が低いほど、平均に向かって修正が必要になります。もしあなたの直観的予測が9,500万ドルの売上で、参照クラスの平均が4,000万ドル、相関係数0.6とするならば
9,500+(0.6(4,000-9,500))=6,200万ドルとなります。
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