「選ばれる」と、いうこと。
本日は、珍しく趣味のお話。
ばすけっとぼーるの、お話。
先日とても久しぶりに
助っ人に呼んでいただき、
他のチームにお邪魔して
試合をやってきました。
20代前半の頃は
バスケができるなら
どこまででも←という感じで
あちこち飛び回っていたので
一時期は9チームくらい
足を突っ込んでいたのですが
最近では心身ともに
きつくなってきたこともあり
メインのチーム、3つのみ。
なので数年ぶりの
「助っ人」という
ポジションでの試合は
とても新鮮でした。
ローカルの社会人チームって
みんな仕事してるし、
特に女性の場合
出産などもあるので
どこのチームも
割と「助っ人」ありきなのですが
すごく上手いのにあまり
声をかけられない人がいる一方で、
そこまでずば抜けて能力は
高くないにも関わらず
よく声をかけられてる人もいる
(めちゃくちゃ上手くて
よく声もかけられてる
最強な人もたくさんおります)
その差はなんなんだろうと
ふと考え始めたのが
この記事を書こうと思ったキッカケで
いろいろなところへ行き
いろいろな助っ人を見て
いろんな人たちからお話を聞いた
自分自身の経験をもとに
「選ばれる人」の特徴を
200%独断と偏見で
考えていきたいと思います。
場を読む(感じる)ことができる人
チームにはそれぞれ
必ず「ルール」があります。
エクササイズくらいの感覚で
やっているチームでも、
趣味を超えているレベルで
やっているチームでも。
楽しさ重視、なのか。
結果を重視してるのか。
中心選手の有無や
「これをがんばろう」という
チームの軸となる決まりごと等々。
このチームは
なにに重点を置いているのだろうか。
各プレーヤーの強み
やりたいことはなんだろう。
その場のいろんな情報を読み取って
じゃあその為にはあれをしたらいいかな
これをしたらいいかな。
と、考えることができる。
ルールを理解し、適応する(努力をする)こと。
そして
自分がやりたいこと
ではなく、
この環境で自分にできること
を選択することができる
「この人、どこにでもいるな」
と思わず笑っちゃうくらい
いろんな場所でよく見かける人は
やっぱりそこの気遣いが
素晴らしいように感じるし、
自分自身助っ人を考える時に
真っ先に頭に浮かぶ
要素となっています。
その場を、楽しむことができる人
例えばそのチーム環境が
普段自分自身が持っている
価値観と全く違っていたとしても
その場所を楽しむことができる。
なんでああしないの
どうしてこうしないの
と、自分自身の価値観をモノサシに
周りになにかを求めて
イライラするのではなく、
そのチームが持つ感覚
そのチームのカラーを
一緒に楽しむ。
勝ちたい!
けど、まずは楽しまないとね ♪
というチームに来た助っ人が
勝ちたいがために
ボールもシェアせずひとりで
ピリピリとプレーしていたら
どうでしょう。
チームプレーを重視する
チームの中で
個人技ばかりしていたら
どうでしょう。
そのチームの楽しさをも
奪ってしまうことになります
(そして残念ながら
もう二度と呼ばれることはない)
社会人は
学生のときの部活と違って
比較的環境を選べます。
どこで誰とやるのかを
自由に選ぶことができる。
だからこそ
スキルの高さなど
プレーヤーとしての要素
(も、大切ではありますが)
それ以前に
周囲への心遣いや柔軟性などの
人間力の部分がかなり
大きいのではないかなと
思います。
選ばれる人になりたいと思いつつ、
自分自身はまだまだ
そこには到達できていないのですが
思い返してみると
若くてバリバリに動けて
心も体もイケイケで
無敵だと思っていた頃は、
人数欲しさで呼ばれることは
多かったけど
いろんな苦しい経験から
身の程を知り、
更に老化により身体能力も
低下した結果
謙虚さが身についた今のほうが
「選ばれてる」ような気がします
(気のせい?そしてなんか違う←)