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自転車という「文化」を通じて、地域の魅力を伝える活動を

学生時代より自転車が好きで、日本スポーツ協会公認自転車競技コーチやJCTA公認サイクリングツアーガイドなど、さまざまな資格を保有する吉川勝(よしかわ・まさる)さん。

これまでの経験と知識を生かし、茨城県常陸大宮市で「サイクリングほかアウトドアスポーツでの地域活性化」担当の地域おこし協力隊として、2年9カ月活動しました。

2023年12月末に卒業した吉川さんと、これまでの活動や今後について、松本美枝子マネージャーとの対談を実施しました。


自転車やアウトドアスポーツは、街の「文化」になる

2023年12月に常陸大宮市地域おこし協力隊を卒業したばかりの吉川勝さん

松本美枝子マネージャー(以下、松本。敬称略):2023年12月末で、協力隊を卒業したばかりだと思います。まずは改めて、吉川さんと自転車との出会いについて教えていただけますか。

吉川勝さん(以下、吉川。敬称略):昔からアウトドアスポーツが好きで、特に高校時代から、自転車が一番の趣味です。協力隊着任以前は、大学や専門学校の職員として働きながら、週末は自転車を楽しむ生活を送っていました。自転車の大会への出場や自転車に関する資格も取得するなど、いつの間にか、趣味以上の存在になっていたと思います。

松本:なるほど。そのような中で、趣味ではなく、自転車を仕事にするために、協力隊という働き方を選んだということでしょうか。

吉川:そうですね。常陸大宮市が活動内容を自由に提案するフリーミッション枠の協力隊募集をしていました。そこで、「サイクリングほかアウトドアスポーツでの地域活性化」をテーマとした事業提案書を作成し、採用していただきました。

松本:サイクルツーリズムによる地域活性化は、全国各地で行われていると思います。その中で常陸大宮市を選んだ理由はありますか。

吉川:私は水戸市出身で、常陸大宮市には、以前から自転車で頻繁に訪れていました。その中で感じていたのは、自然豊かな常陸大宮市は、サイクリストにとって、魅力的な土地だということです。まずは、競技者などディープな自転車愛好家を対象に、自転車に力を入れている地域だとアピールし、それと同時に、市民自らが自転車愛好家になってもらえるような活動を行っていきたいと感じました。

松本:市民自ら地域の魅力に気付くことや愛着を持つことは、とても大切ですよね。

吉川:そうですね。もちろん、観光地として外から人を呼ぶことも大事ですが、一番は、地元の方々に常陸大宮市が魅力的な場所だと気付いてもらえることが大切だと思います。その方法として、自転車やアウトドアスポーツを常陸大宮市の一つの「文化」として根付かせていきたいと、数多くある市町村の中から常陸大宮市を選びました。

地域の良さを知るきっかけに

松本:「文化」として根付かせていくために、具体的にどんな事業を常陸大宮市に提案したのですか。

吉川:提案したのは、自転車による地域活性化、アウトドアスポーツをメインとした総合型地域スポーツクラブの設立、ランニングイベントの開催の3つです。

松本:その中から、実際にはどのような活動を実施できましたか。

吉川:やはり、自転車による地域活性化が一番取り組めたと思います。協力隊初年度は、所属していた地域創生課で、市のサイクリングマップ制作事業が決まっていました。なので、課の担当職員さんと協力し、市内を自転車で周り、マップを完成させました。また、マップ制作に合わせて、市内の飲食店などに、木製のオリジナルサイクルスタンドも置いてあります。スタンドがあることで、自転車のイベントだけでなく、日常生活の中で、自転車を気兼ねなく、使用できます。

松本:単発的ではなく、日常生活の中で利用できるという点も地域に密着しているといえますね。そのほか、市民向けにイベントなどは開催しましたか。

吉川:常陸大宮市の総合型地域スポーツクラブ「ひたまる25」教室の一つとして、初中級者向けのサイクルツーリング教室やランニング超入門教室、子ども向け自転車教室などを行いました。それぞれの教室を通じて、同じ趣味を持つ者同士のコミュニティが出来ました。

常陸大宮市にある「辰ノ口親水公園」。
子ども向けから中級者向けなどいくつもの教室を実施。

松本:コミュニティが出来たことで良かったことはありますか。

吉川:自転車やランニングは、一人でもできるスポーツということもあり、市内には、各自トレーニングを重ねている人が一定数います。教室の参加者に話を聞くと、これまで同じ趣味を持つ者同士の繋がりがなく、コミュニケーションを取りたくても、そういう場がなかったそうです。私が教室を開いたことで、「繋がりができて良かったね」といった声を聞くことができました。まだまだ小さなコミュニティですが、そのきっかけを作れたのは嬉しかったですね。

松本:孤独にならず、趣味を通じて、住民同士の交流が増えていくのは大切ですよね。

吉川:コミュニティが出来ることは、私の目標の一つでもありました。教室終了後も、自主的に練習をしたり、参加者同士で集まって一緒にトレーニングをしたりしているようです。私がいなくても、そんなふうに繋がりが継続しているのも嬉しいです。また、常陸大宮市は旧5町村が合併してできたこともあり、自分が住む地域以外のことを知らない人が意外と多いことに気付きました。なので、教室ではできるだけ他の地域に案内するようにしています。

松本:まさに、地域に愛着を持つきっかけ作りに取り組んでいる印象を受けました。

吉川:ありがとうございます。自転車で他の地域に案内すると、「こんな良いところがあったんだね」と喜んでくれるので、教室を開いて良かったと思います。その一方で、自転車に馴染みのない市民を教室に誘い出すのはまだまだ難しいので、課題感を感じています。

松本:なるほど。吉川さんが課題解決に向けて実施したことは何かありますか。

吉川:一回教室を開くだけでは、当然ながらその課題を解決することはできません。教室の参加者が知り合いに教室の良さを伝えてくれて、繋がりが広がっていきました。なので、地道に継続していくことが一番の近道だと思います。実際に初心者向けのランニング教室は、トータルで10回ほど開催しました。教室の常連さんも徐々に増えて、最終的には有志の皆さんと常陸大宮駅伝大会にも出場しました。これからもこの繋がりを大切にして、徐々にその輪を広げていきたいと思っています。

自転車に適した環境で、ネットワークを構築

松本:吉川さんは、同じ趣味を持つ人とのネットワークの構築が上手だなと感じました。茨城県内の自転車を軸とした活動を展開する協力隊とも良いネットワークが築けていますよね。

吉川:ありがとうございます。サイクリングによる地域活性化に挑戦する協力隊は、私を含めて6人ほどいます。茨城県は、つくば霞ヶ浦りんりんロードや奥久慈里山ヒルクライムルート、大洗・ひたち海浜シーサイドルートなど、自転車初心者から上級者まで楽しめるサイクリングコースが充実していることから、自転車に適した環境といえます。一方で、協力隊として移住するということは、それぞれが「自転車を仕事にする難しさ」を感じているのだと思います。

辰ノ口親水公園内にあるBMXコースの竹林。
去年、枯れた竹の整理や看板の設置など半年ほどかけて地道な整備にも取り組んだ。

松本:難しさを感じながらも、協力隊同士のネットワークは、仕事を生む良いきっかけになっていますか。

吉川:そうですね。共通の活動をする者同士のネットワークなので、お互い情報交換をして、助け合っています。また、それぞれの地域で自転車に関するイベントがあれば、声を掛けて手伝ってもらい、仕事としてお願いできるときは、仕事で来てもらっています。逆に、私も仕事で他の地域に行くことも多いです。

松本:お互いにきちんと仕事として関わることが大事ですね。ネットワークについては、どのように構築していったのですか。

吉川:県北地域で活動する自転車関係の協力隊は私だけだったので、県内全域に目を向けました。着任後すぐに、他の地域で自転車を軸に活動する協力隊に声を掛けて、活動現場を視察させてもらいました。視察で繋がった人たち同士を繋げて、ネットワークを構築していった形ですね。

これからも、県北地域の魅力を伝えていきたい

松本:そのネットワークも活用しながら、県北地域で自転車を通した地域活性化を継続していくと思います。現時点での今後の目標や展開などを教えていただけますか。

吉川:大きな目標は、協力隊卒業後も変わらず、自転車やアウトドアスポーツを地域の中に「文化」として根付かせることです。そのためには、市内に自転車店が必要であったりと、やらなければいけないことがたくさんあります。すぐには難しいので、まずは、近隣の自転車店で働きながら、教室を通じて出来たコミュニティを地道に整えていきたいです。また、地域限定旅行業務取扱管理者の資格を取得したので、サイクリングツアーを近いうちに実施したいと考えています。県北地域で活動する現役の協力隊やOBは私だけなので、常陸大宮市含めて県北地域の魅力が伝わるツアーにできたら嬉しいですね。

松本:そういったツアーを考えられるのも、吉川さんだからこそですね。

吉川:ありがとうございます。自転車店の経営や自転車愛好家をターゲットにしたイベントを定期的に開催するなど、自転車を仕事にする方法がいくつもあります。ですが、協力隊として自転車による地域活性化に挑戦している人は、地元の方に、自転車を通じて、地域の良さを再認識してもらいたい気持ちが強いです。その地域を知るサイクリストが組んだツアーに参加すると、地域の良さと自転車の面白さがよく分かります。それでも、自分が作ったツアーに参加してもらうまでが、意外とハードルが高く、残念ながら誰もが苦労しています。

松本:その苦労や悩みを解決する手段としても、ネットワークが大切になってきそうですね。

吉川:そうですね。一人で解決しようとせず、ネットワークを活用することで、悩みを解決するヒントを得られることもあります。また、お互いに仕事の相談をすることもできるので、積極的に繋がることをおすすめします。

松本:現役の協力隊や着任予定の方にとって、説得力のあるアドバイスだと思いました。

吉川:ありがとうございます。県北地域では私一人でも、県内に仲間がいるので、今も心の支えになっています。

松本:仲間がいるというのは、協力隊卒業後においても大切ですよね。これからも自転車で常陸大宮市含め、県北地域に関わっていくと思います。吉川さんの更なる飛躍を願っています!

吉川:ありがとうございます。今後ともよろしくお願いします!

(撮影:松本美枝子)
(執筆:谷部文香)

Profile

吉川勝
茨城県水戸市出身
茨城県常陸大宮市地域おこし協力隊(2021年4月~2023年12月)
サイクリングほかアウトドアスポーツによる地域活性化担当
日本スポーツ協会公認自転車競技コーチ、JCTA公認サイクリングツアーガイドなど

松本美枝子
写真家、アーティスト
一般社団法人 自由と地図 代表理事、茨城県県北地域おこし協力隊マネージャー
常陸太田市で拠点「メゾン・ケンポク」を運営し、地域のネットワークを構築