演奏がもたらす、地域貢献。「好き」の力が、この街を笑顔にしていく
プロの和楽器演奏者・民謡歌手でありながら、茨城県常陸太田市で「移住定住PR」担当の地域おこし協力隊として活動するのは橋本大輝(はしもと・ひろき)さん。
山口県下関市出身で、長年暮らした東京都から常陸太田市へ協力隊として移住し、まもなく3年間の活動を終えようとしています。
今回は、そんな橋本さんと松本美枝子マネージャーとの対談を実施しました。
市民との交流を続けてきた3年間。楽しさも不安も、演奏活動とともに
松本美枝子マネージャー(以下、松本。敬称略):まもなく地域おこし協力隊を卒業すると思います。改めて協力隊として移住してきた当初を振り返ってみていかがですか。
橋本大輝さん(以下、橋本。敬称略):民謡歌手や津軽三味線の演奏者として東京で活動していました。新型コロナウイルス感染症の流行をきっかけに、今後の暮らしや働き方について考えるようになり、妻の出身が常陸太田市だったこと、偶然にも協力隊の募集が出ていたこともあり、妻と相談して家族で常陸太田市へ移住しました。
松本:コロナ真っ只中の移住だったと思うのですが、活動に制限などなかったのでしょうか。
橋本:「移住定住PR」担当なので、市の良いところを発信することが仕事の一つでしたが、最初は発信のためのイベントもできない状態でした。まずは、私自身が街を知るという意味でも、竜神大吊橋や西山公園など有名な場所や地域の方に教えてもらったおすすめの場所に出向いて、SNSでの情報発信から始めました。
松本:街を知ることは大切ですよね。情報発信する中で何か思い出に残るエピソードはありますか。
橋本:東京で暮らす知人から、竜神大吊橋でのバンジージャンプ動画撮影の相談を受けました。そこで、私自身がバンジージャンプをしながら、茨城県の磯節という民謡を歌うというチャレンジ動画を撮影しSNSで発信しました。その時にできることをしながらも、やはりまだまだ県外から来た移住者、アウェイ感のようなものは感じていたんです。
松本:なるほど。そのような気持ちから2年目以降は徐々に変化していったと思うのですが、何かきっかけはありますか。
橋本:SNSや新聞などを通じて、少しずつ自分の存在を知ってもらえるようになったこともあり、市内の公民館や道の駅、常陸太田市役所ロビーでのコンサートなどの無料演奏会を行いました。そのほか、市内の幼稚園を対象に和楽器体験会を開催したりと、徐々に市民の皆さんと交流を深めていきました。
松本:マネージャーとして活動を拝見する中で、橋本さんはテレビ出演するプロの民謡歌手なのに、演奏会を開催するということが素晴らしいなと感じていました。演奏活動を通じて嬉しかったことはありますか。
橋本:ありがとうございます。お客様と距離を取りつつ、マスク越しでも歌を口ずさんでいるのが見えました。楽しんでもらえていることが分かり、とても嬉しかったのを覚えています。コロナ禍で音楽や芸術、大きく言えばサービス業が打撃を受ける中でも演奏活動をさせてもらえたことが、周りの方に自分のことを認めていただけるきっかけになったと思います。
松本:そうですよね。演奏活動で言えば、橋本さんはフレイル予防の市オリジナル曲「長生き上手音頭」の作詞作曲を担当しましたよね。
橋本:市では健康寿命を延ばすためのフレイル予防に積極的に取り組んでいます。その中で何か曲を作れないかとご相談いただきました。演奏は私の本業ですが、作詞作曲となると分野が異なるので最初は戸惑いました。ですが、協力隊としても市のためになる活動ができると思い挑戦することにしました。
松本:協力隊2年目の大きな挑戦だったと思います。曲が完成して周りの反応はどうでしたか。
橋本:ありがたいことに市長や市役所の方にお会いすると「演奏してほしい」と言われることも増えました。そのほか、朝の体操や市役所の電話の保留音にも使用されていて、恥ずかしさもありますが、やはり嬉しい気持ちでいっぱいです。
松本:素敵なエピソードですね。3年目の活動でいうと、今取材しているこの場所、橋本さんの拠点「コネークット」でしょうか。
橋本:そうですね。卒業が近づき、今後どうしていくか不安や悩みもありました。ですが、コロナも落ち着いて、タイミングよく空き家を活用した拠点を持ち、ここでイベントや市民の方に三味線教室もできるようになりました。演奏の仕事だけでなく、レッスンを受けてくれる生徒さんも増えたことで、卒業後の定住がより現実味を帯びて、前向きに行動できるようになりました。
「好き」を続けられる幸せを噛みしめて
松本:プロの民謡歌手が協力隊になり、コロナ禍を乗り越えたからこそ、今があると思います。
橋本:ありがとうございます。人より多く稼いでいたり、お金持ちというわけではありません。ですが「好きなことを仕事にする」というのは、とても幸せなことだと思います。一度きりの人生で好きなことに巡り合えたのはありがたいですし、その足がかりを作ってくれたのは、やはりこの協力隊活動だと思います。
松本:他の協力隊にも今の言葉を伝えていきたいですね。
橋本:移住定住PR担当ですが、それ以外のことをやってはいけないという制限があったら、今のような形にはなってないと思います。市役所や周りの方が臨機応変に認めてくれたのもありがたかったです。
真面目に一歩ずつ取り組むこと
松本:臨機応変に活動できるというのはとても大切ですよね。橋本さんのもともとの才能もあると思いますが、これから協力隊として活動していきたいと考えている方や着任予定の方に向けて、何かアドバイスはありますか。
橋本:街によって活動テーマも異なりますし、着任する隊員の経歴も人それぞれだと思います。与えられた中で、まずは真面目に取り組むことが大事です。よく、努力は嘘をつかないと言いますが、努力しても恵まれなかったり、嘘をつくことはあるんです。それでも取り組んできたことは無駄にならないと思います。さまざまな人と関わって、活動の幅を広げていけば、良くも悪くも何かに繋がっていくと思います。
松本:とても良い言葉ですね。そのほか、協力隊になる前に何か行動したことはありますか。
橋本:事前に常陸太田市について調べて、市の協力隊OBの方にお話を伺いました。相談するだけでも、街の雰囲気が分かると思います。協力隊は街によって雇用形態が異なるので、自分の思い描く活動にそれが合っているか考えることも大切です。また、OBがいれば、移住にあたっての良し悪しも教えてくれます。全部ふまえてこの街で良いか考えることをおすすめします。私も11月からOBになるので、もし相談したい方がいればいつでも連絡してほしいです。
他者との関わりが、次に進むきっかけとなる
松本:ありがとうございます。実際に移住し生活している方の話は大切ですよね。そのような関係性でいえば、このマネジメント事業も協力隊ネットワークの一つとして今年で3年目を迎えたところですが、繋がりとしてはいかがでしたか。
橋本:市役所の方以外で的確な答えをくれる場所があるというのがマネジメント事業で一番良かったことですね。アドバイスをもとに、正しいか正しくないかは別として次に進むきっかけになるので、自分の行動に変化はあったと思います。後は、活動テーマが全く異なる協力隊と横の繋がりができたことも大きかったです。
松本:ありがとうございます。橋本さんは、パネリストとして地域の方と交流を図る「令和4年度 茨城県北地域おこし協力隊マネジメント事業 円卓会議 2023」にも参加してくれましたよね。
橋本:そうですね。円卓会議の参加者は、顔なじみの方が多かったりもしましたが、良い意味で気分転換になりましたし、他の地域の協力隊の活動を直接聞くことができ、良い刺激になりました。
胸が高鳴るこの街で、演奏を続けて
松本:ありがとうございます。そのように言っていただきマネージャーとしても嬉しい限りです。橋本さんは、活動の悩みに対してきちんと解決して次に進んでいたと思います。
橋本:悩みながらも、好きなことを続けられる幸せ、それを後押ししてくれた協力隊の3年間は、大きな財産です。縁のなかった土地で、好きな演奏活動で地域貢献できることは、東京での暮らしに比べて「この先何が待っているんだろう」というワクワク感があります。人と人の距離感も近いので、繋がりや義理人情を大切しながらOBとしても引き続き、和楽器演奏を通して地域を盛り上げていけたら幸せですね。
松本:橋本さんは、本当に人を楽しませることが上手なエンターテイナーだと改めて思いました。協力隊卒業後もよろしくお願いします。ありがとうございました。
(写真:松本美枝子)※円卓会議2023の様子を除く
(執筆:谷部文香)
Profile
橋本大輝
山口県下関市出身
茨城県常陸太田市地域おこし協力隊 移住定住PR担当
和楽器演奏者・民謡歌手
松本美枝子
写真家、アーティスト。一般社団法人 自由と地図 代表理事、茨城県北地域おこし協力隊マネージャー。
常陸太田市で拠点「メゾン・ケンポク」を運営し、地域のネットワークを構築。