人生リブート指南(14)危険なのは「乱開発」であって「熱海という土地」ではない、という話
7月3日土曜日の午前中、静岡・熱海市の伊豆山地区で大規模な土石流災害が発生しました。
当日、私はそこより10数キロ離れた沼津市内の自宅にいました。
静岡と神奈川にかかった線状降水帯(果てしなく長く連なり、流れても流れても切れ目の現れない雨雲)による今回の水害では、私の居住地でも「川が増水して橋の土台が崩壊する」「川の淵が崩れて家が流される」等の大規模被害が出ましたが、熱海のそれはケタ違いのものでした。
豪雨被害の様子を私は静岡ローカルのワイドショーで固唾を飲みながら見つめていたのですが、途中で臨時ニュースとして流された熱海の被害現場をまのあたりにして言葉を失いました。
最初は「土砂崩れ」と伝えられたのですが、映し出された映像は完全に、過去に幾度か見た「土石流」でした。
都内から100㎞もない、上野東京ラインで90分もかからないという熱海は、言ってみれば「東京都民の休憩所」のような存在。
そんなお馴染の場所でこのような大災害が起きたことにショックを受けた都民は多かったようですが、熱海は静岡県民にとっても手軽に行ける身近な観光スポットなので衝撃はそれ以上に大きかったです。
同県人として、近隣市の住民として、謹んでお見舞い申し上げます。
その後、ネットを見ていて気になったのは「熱海市全体」を「危険な地域」としている声があること。
「今後もいつどこで何があるかわからない熱海はヤバい。もう行かないほうがいい」的な無責任な書き込みが散見されたのです。
その影響はすでに出ており、ただでさえコロナ禍で弱っていた市内のホテルに災害後、宿泊キャンセルが相次いでいるといいます(完全に風評被害です)。
ハッキリ言っておきますが、危ないのは「熱海という土地」ではなくて「乱開発」なんです。
ずさんな工事をすれば、べつに熱海でなくても大変な危険が生じます。
そもそも熱海は昔から「岩盤の上にできた町なので地震被害が少ない」とずっと言われてきたんです。
「地盤が硬すぎて基礎工事での杭打ちに苦労する」という建築業者の声も聞いたことがあります。
知らない方の為に説明しますと、熱海というのは市の大半を占める「山」と「海」の狭間にちょっとだけ平地がある、という地形で、そのわずかな平地にはホテルなどの商業施設が密集しています。
そのため一般の人たちは必然的に、観光エリアではない山間部(山の上、中腹、ふもと)に住むことになるわけで、そのニーズを受けて住宅業者は山を切り拓いて宅地化してきました(伊豆山エリアもそのひとつ)。
熱海に移住した泉ピン子さんは山の中腹の大規模マンションに住んでますし、先ごろ亡くなった橋田壽賀子先生は山の上にある別荘地で暮らしていました(余談ですが、平地がほとんどない熱海ではエンジンなしの乗り物での移動は至難の業で、だから市内には自転車屋がないのです)。
一般住宅が観光エリアを見下ろす山間部に点在しているけれども、「地盤が強いので山に住んでも不安は少ない」とずっと言われてきた熱海。
ただし、どれほど地盤が頑丈でも、その上に堆積している土までもが盤石なわけではありません。
だから国は基準を設け、土壌に手を加える業者に「強度を保つ(土を固める)加工」を義務づけているわけです。
今回は「違法業者によって住宅エリア上部の山頂に長期間捨て置かれていた大量の土砂(強度保持加工が為されていないヤワな土)が、豪雨によって軟化(泥化)して一気に流れ落ちたのでは?」といった推察がなされていますが、それが本当だとしたら言語道断です。
手つかずの山が崩れたのならば天災ですが、この推察が当たっているなら明らかな「人災」であり、災害が起きたのは熱海という土地のせいではありません。
よって、「熱海が危険」という説も根拠がないわけです。
だって、「乱開発をされた土地だったら日本全国どこででも等しく起こり得る災害」なんですから。
実は私は「人生リブートをするための候補地」として伊豆山地区も視察していたんです。
手頃な家の出物なんかもあって最初は結構乗り気でしたが、実際に歩いてみて「あそこで暮らすには自動車が不可欠だ」と痛感して断念しました。
伊豆山の住宅エリアから最寄りのスーパーに行くには、
①山の坂道を降りて海岸沿いの道路まで出る
②走り湯、伊豆山港、貫一お宮像、熱海サンビーチ(海水浴場)、ヨットハーバーなどの観光名所を左手に眺めながらひたすら前進する
③やがて現れる、市街エリアを横切って海へと流れ込む糸川(遊歩道もあるオアシス的スポット)を越える
ここまで来て、ようやく業務スーパー、マックスバリュ、ハンディホームセンターなどが集まる商業エリアに到着するのです。
「毎日この道のりを往復するのはさすがに無理だ」と思ったので、私は泣く泣く伊豆山移住をあきらめたのでした。
とはいえ伊豆山エリアは静かで本当に素敵な場所でしたので、もしすぐ近くに安いスーパーがあったら引っ越していた可能性は大。
あるいは他の住民のように車生活をするつもりだったら、間違いなくここに住んでいたでしょう。
だから、山頂部の土壌調査を徹底的にしたうえで復興がなされた暁には、また多くの住民で賑わう地区になって欲しいと心から思います。
風評被害の話に戻りましょう。
土石流映像が全国ネットの番組で繰り返し流された結果、「熱海全体が壊滅的な被害を受けている」と勘違いした方もいるようですが、そうではありません。
皆さんの脳内にある「熱海」、すなわち「駅近辺の繁華エリア」は無傷ですし、インフラも寸断されておらず通常営業中です。
先ほども言った通り、伊豆山地区と商業エリアとは「東京では新宿~吉祥寺くらいは平気で歩いていた散歩ヘンタイ」の私ですら「毎日は通いきれない」と考えるほどに距離があるのです。
都内に置き換えると「山手線の池袋と新宿」くらいな感じ(駅からの距離はわずか2km程度ですが、なんせかなりの急坂が続くのでイメージ的にはこのくらいになります)。
たとえ池袋で大事故があったとしても、そのせいで新宿が機能停止に陥るようなことはないでしょ? それと同じ理屈ですよ。
だからコロナ禍がもうちょっと落ち着いたら、どうぞ皆さん、熱海を訪れてください(もちろん、最大限の感染予防措置を講じた上で)。
「人生リブート用の下見」でもいいですし、「単なる観光」でも構いません。
「そんな……。気の毒な人たちがいらっしゃる土地へ物見遊山で行くなんて不謹慎なこと、私にはできません!」と首を振る方もおられるでしょうし、その気持ちは分かります。
でも、皆さんがそうやって遠慮されると、気の毒な人たちが今よりもっと気の毒になってしまうんです。
コロナ禍+土石流の風評被害で商業面が不振になると市の財政が窮地に陥り、復興はおろか「復旧」すらも満足にできません。
今後、被災された方々のケアやサポートを自治体がしていくには、熱海市の金庫を潤す必要があるのです。
だから皆さん、「不幸を悼む心」は大切にしたうえで熱海にいらしてください。
町の魅力を体感し、どのように素敵だったか、どこが面白かったかを自分の周囲で広めていただきたい。
日本屈指の温泉観光地である熱海にとっては、それがつまり「最大の復興援助」なわけです(地元業者の通販を利用するとか、熱海市にふるさと納税をするというのも良い手です)。
そして私も及ばずながら、人生リブートのための事前リサーチ時に足を使って集めた「熱海エリアの面白ポイント」をコンテンツ化し、このnoteで発信していこうと思っています。
「熱海エリアの楽しさ」を伝えるための記事ですので、「こんなに浮かれて不謹慎な!」と怒る方もいるかもしれませんが、しかし大変な時期にこそ「娯楽要素」は不可欠なんだと私は思うのです。
画題「負けねーら熱海!」