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おやすみがあけちゃう話。

お正月休みって甘美な響き。
正月というおめでたいものに、休みという嬉しいものが付いていて、「お」までついてちょっと丁寧。
でも、もう終わっちゃったらしい。


宿題の終わらない生徒の話

わたしのアルバイト先は塾である。元旦といえど、受験へのカウントダウンは止まらないので4日から出勤だった。
金欠バイト的にはありがたいけれど、社員さんにはたまったものではないだろう。  美味しい物食べて欲しい。
そこで「宿題が終わらないから学校に行けない」という生徒がいた。行けないのは困っちゃうねと言って、一緒にだらだらと宿題した。お休みあけだからね、トップスピードでやるのは辛くなっちゃう。
なんとなく思い出したのは、いつかの夏休みに新聞で見たクレヨンしんちゃんの映画の広告。
細かいコピーは覚えてないけれど、宿題が終わらなくても「君がいい」といった言葉が印象的だった。
大学生になって講義は興味のあるものばかりとっているから、おやすみがあける憂鬱さをなんとなく忘れていたかもしれない。

たぶん、お仕事をウキウキでこなすタイプではないので就職すれば思い出す感覚なのだろう。でも、過去に自分の中にあった感情がぽこぽこ落ちていくのは悲しい。ネガティブな感情であっても。

昔のわたし、もっと色々なことに怒って、悲しんで、喜んでいた気がする。
3日連続でノートを忘れちゃった自分の情けなさに、この世の終わりぐらい落ち込んで、約束の時間を守ってくれなかった先生に怒って、友達と上手くやれない自分がとっても嫌いだった。 
忘れたらノートくらいその場で買っちゃえばいいし、自分だっていつだって時間厳守ではないし、その友達は世界の全てじゃない。
どこかで気付かぬうちに諦めの瞬間があらわれて、いろいろなことを許せるようになったのだと思う。自分に対しても、相手に対しても。

いま、怒ったり悲しんだりして感情に振り回されている生徒には、いつかその感覚も和らぐから大丈夫と言いたくなる反面、羨ましさもある。
トゲトゲした新鮮な痛みがないことに、傷口に海水が染みるみたいなじわっとした痛さで感じた。

2025、あまり気張らずいきたいね。

明日も大学だし、眠たいし、もうおしまい。
いま不安な人がなるべく、愉快に明日を迎えられるといいなと思う。
ものすごく頑張る1日とちょっと頑張れない1日を繰り返してまた、1年後のわたしが明るく新年を迎えられることを願っている。

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