ひとりでホールケーキを買う
坂木司さんの『ショートケーキ。』を読んで、猛烈にショートケーキが食べたくなった。
『ホール』のこいちゃんとゆかのように、わたしもホールケーキを失った人間のひとりだ。
小さい頃、誕生日やクリスマスのお祝い事といったら、ショートのホールケーキだった。
真っ白でふわふわのクリームに鮮烈な赤い苺の組み合わせは、この世のなによりもわたしの胸を躍らせた。
ホールケーキって特別だ。
カットの切れているショートケーキもじゅうぶんに綺麗だけど、やっぱりケーキ箱からケーキを取り出したときのワクワクはホールケーキにはかなわない。
蝋燭に火をつけて、一気に吹き消すのも大好き。消し終わったあとの仄かな煙のにおいは、いつだってわたしの幸福な瞬間とともにある。
就活だるいねーなんて言いながら鴨川の地べたに座って友達とホールケーキを食べたこともあるし、
バイト先で売れ残ったホールケーキを大学に持っていって、食堂のお箸でみんなでつついたこともある。
大切な友人の誕生日には、プレゼントと一緒にお花とケーキを必ず持って行く。
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15歳のときに母が病気で入院して以来、我が家からホールケーキは消えた。
そこからずっとわたしにはホールケーキに対する並々ならぬ執着がある。
わたしにとってのホールケーキは幸福と、人同士のあたたかい繋がりの象徴なのだ。
去年のクリスマス、彼氏と過ごせるクリスマスが嬉しくて、ホールケーキに大好きなコダックが描かれたケーキを予約した。
本当に可愛くて幸せで嬉しかったのだけど、彼氏はちょっと呆れ顔で、2人なんだからこんなに大きいケーキはいらないよね?来年はカットケーキにしようねと言われてしまった。
まあ、ごもっとも。
でもちょっとだけ、大切な人とホールケーキの特別感を分かち合えなかったのが寂しかった。
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『ホール』を読んで、近くのケーキ屋さんを探した。できれば本と同じコージーコーナーが良かったけど、遠いところにしかなかったので、イオンの中にあるケーキ屋さんで買うことにした。
ひとりで買うホールケーキ。
ケーキが崩れないようにそっと持って歩く。
わたしはいま、天使になれているだろうか?
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ケーキ箱を開いてホールケーキを取り出す瞬間。なによりも大切なものに触れるように指先に全神経を集中させる。
綺麗に取り出せるとほっとする。
ちゃんと蝋燭もつけた。なぜ4本にしたのかは自分でも分からない。
吹き消すとき、いろんなお願い事をした。
ケーキをスプーンですくって食べる。クリームの心地よい甘さに、苺の酸っぱさが溶け込んでいく瞬間が大好き。
やっぱりホールケーキって特別だ。ひとりでもちゃんと特別。わたしはもう、自分で自分にホールケーキを買ってあげられる。
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25歳の胃袋にはやっぱりホールケーキはきつかった。
歪に半分残ったケーキを見て、いつか家族になるならこの半分を一緒に食べてくれる人がいいなと思う。
残った半分は冷蔵庫に入れて、明日食べよう。
明日のケーキには明日のおいしさがある。
冷蔵庫のケーキを思い浮かべて、明日も頑張ろう。