私的ニート負のスパイラル精神構造について(後篇)
―――「私的ニート負のスパイラル精神構造について(前篇)」のつづき
ともあれ、経済的逼迫は不可避かつ迫り来るリアルな現実として、職は探し続けている。
それから、社会性を保つために、かつ無為に生きているわけではないと自分の心を落ち着けるために、さらに言えばボケ防止に、以下のことを自らに課す。
ニュースは見ておく。
読書を欠かさない。
ディズニー+で映画やドラマを観る。
化粧と身なりを整えて、定期的に近くの商業施設を物色に行く。
一見的外れのようだが、商業施設の物色は、実はかなり有用である。
流行や生の視覚的情報を入れること、多少なりとも人と関わりをもつことができ、脳の刺激になる。
気分転換になる。
孤独感が紛れる。
化粧と身なりを整えることは、それ自体に頭を使うし、他者から見られる自分を意識することになり(≒社会性)、また気分を上げることができる。
このようにして、私は私なりの最低限度の日課を設けてきたが、ここで倍率を変えて見てみると、もしかしてこれは正のスパイラルにつながりはしないだろうか。
以下のように考えてみる。
これがコイルの螺旋状に上昇する、私的ニート正のスパイラル精神構造(未)。
ベクトルの先におそらくは<自己実現>がある。
そう考えると、私は大局的な目的意識をもってはいなかったが、気づかぬうちに、負のスパイラルを正に反転させるべくあがいていたのかもしれない。
あるとしたら精神のホメオスタシス、か?
ニートにして思う、自己の来たし方。