鍵~episode2~〔短編〕
////12歳////
父がなぜ怒っているのか分からなかった。
私の本棚から抜いた本を、次々と床へ投げ捨てていく。あまりにも一心不乱な父の理不尽に、冷静であろうとしたが怖い。
私の足元には、従姉妹からもらった折原みとの本が数十冊散らばって、ぐちゃぐちゃに踏みあらされている。
大量虐殺と言う言葉が浮かんで膨らんだ。
本の表紙には透明な色彩の女の子。場違いな透明な微笑みに、目と心を沿わせると不穏な感覚だけは薄らいだ。
しかしセリフは出ない。
自分が丸められたアルミ箔のようなものになった気がして、硬く脆く小さくなって自分が喉につかえた。
「こんな本が面白いのか」
と怒鳴りながら投げ落とされたのは田中芳樹だった。気に入らない、気に入らないと父の背中が言っている。
「ーーベストセラーだよ」
もつれそうになる舌で抗議したが、田中芳樹はまとめて棚から払い落とされた。
本だな一つを空にして、ベッドの枕元の棚に近づいた。よく読む本がまとめてあった。
詩集の横の文庫本を無作為に取って、父は検閲でもするように捲った。
「マンガじゃないか」
深沢美潮の文庫本のイラストを見る父の目に、みるみる侮蔑がこもってくる。
「ーーー違う、もん」
目頭に火が点ったように、熱く苦しくなる。
何度も見ても見飽きない、人物紹介のイラストが父の手の中で貶められていく。
「呆れるわ」
と吐き捨てた勢いで、ぐしゃぐしゃのまま深沢美潮を棚に突っ込んだ。
小説の中のキャラクターたちが、頭の中でぐるぐる回ってセリフをくれる。爆ぜたように、
「触らないでよ!」
ともう随分出していない子どもじみた金切り声を、私はあげた。
母が慌ただしく階段を上ってくる音がした。
父と入れ違いに私の部屋に入った母に、
「勉強させろ」
と言うと、疲労だけをにじませて降りていった。
母はしばらく何も言わず、本棚を片付けるのを手伝ってくれた。
「お父さんは何も分かってないね。あんたは頑張っているのにね」
母の手の中で本は、まな板や布巾ほどにも役に立たない無味乾燥の物体に見えた。
次に言う事が言うことが分かったからだ。
「本を読む子の方が、総じて成績がいいのよ」
それからだと思う。
本を押し入れの衣装ケースにしまうようになったのは。
押入れの戸を「ナルニア国の入り口」になぞる。向こう側は別の世界。
私の宝物は誰の目にもつかない場所に、隠される。
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