タイムマシン(小説:31)
「もしタイムマシンがあるなら、未来の人がこの時代に来てるはずじゃないか?」
下校中、唐突にトモヤはヒロに疑問を投げかけた。トモヤはよくこういう種の話をする。思考実験とかパラドックスとか宇宙の起源とか。ヒロもそういった話は嫌いではない。とりあえず思ったことを口に出す。
「まぁ、そうとも考えられるな。ただ、この時代に来てないからいない、とも言えないと思うけど。それに既に来てるけど隠されてる可能性だってあるんじゃない」
「確かに隠されてる可能性はあるな、UFOとかも本当は接触しているけど隠されてるとか言うしな」
「それで言うとUFOが未来人だったら面白いかもね」「それめっちゃいいね!よくそんなこと考えつくな!」
自分でも咄嗟に面白い説を出せたなと一瞬思ったヒロだったが、どこかで聞いたことがあるような気もして、トモヤが褒めてくると少し恥ずかしくなる。そんなことは気にせず、トモヤは続ける。
「話少しずれるけどUFOって日本語にしたら未確認飛行物体だろ?未確認飛行物体って極端に言えば、『よくわからない何か』ってことになるだろ?」
「めちゃくちゃざっくり言ったらね」納得感は薄いがヒロはひとまず賛同する。
「よくテレビとかで、司会の人が『これは一体何なんでしょうか?』って質問して、専門家が『これは間違いなくUFOですね』って言う場面あるけど、紐解いたら『これは間違いなくわからないですね』って言ってることになるよな!」とトモヤは嬉しそうに言う。
よくわからない理論を提唱して満足げなトモヤを見ていると、少し恥ずかしくなっていた自分が馬鹿馬鹿しくなってくる。「だな」とヒロは短く返した。
凄い発見したなとヒロが返してくれると思っていたトモヤは、返ってきたのがあまりにも単調な相槌で、肩透かしを食らった。「え、それだけ?もっとそれ面白いなとか言ってよ」
「めっちゃ面白いな」とヒロは棒読みで言う。そんなことも気にせず、トモヤはさらに続ける。
「それはそれとして、話戻すんだけど、この時代に来てないのはあるかもしれないな、だってつまらないもんな」それは一理あるなとヒロも思った。
「確かにな、俺だったら恐竜がいた時代とか、ピラミッドが建てられた時代に飛びたいって思うしな」とヒロが言う。
「多分そう思うよな、それに今は色々発達しすぎてて、監視カメラに写り込んだとかで未来人がいた証拠が残っちゃいそうだけど、昔ならそういったこともなさそうだし、混乱を避けるためにも飛んでいい時代とかありそう」
「でも、いくら証拠が残りにくいって言っても、何かしら証拠が残りそうだけどね、それこそ現代でも見たこともないゴミがピラミッドの内部から見つかったとか」
「未来の人達のことだうまくやってるんじゃない?俺達には感知できない物質使ってたりしてさ」
「そんなこと言いだしたら現代でも証拠は隠滅できるだろ」
「あ、そっか」と言ってトモヤは笑う。トモヤは何も考えずに話しているのかと思うほど、単純な奴だがそれが心地よかったりもする。
「でも、もしこの時代に未来人が来てたとしたら、いくつか証拠が残ってもいいと思うんだよな。現代には感知できないとは言っても、全く無影響ってことも考えにくいし」とヒロが言うと、トモヤは何か思いついたように、目を見開き言った。
「そもそもタイムマシンの駐車場がないんじゃない?」
コイツは何を言ってんだとヒロは思ったがとりあえず聞くことにした。「どいういうこと?」
「そもそもタイムマシンって人を運ぶってことは、一応は乗り物なわけでしょ?じゃあ乗り降りする場所がないとダメなんじゃない?それが現代にはまだないんだよ」トモヤの割には核心を突いてきた発想だった。
「なるほど、確かに駅のないところに電車は来ないし、空港がない場所には飛行機は止まらないもんな。だから、何かを運ぶ以上終着点が必要で、その用意が現代では整ってないから来れないってことか」
「そうそう!だから、その終着点が完成した時点まで、例えば2200年にそれが完成したとして、2200年まではタイムマシンを受け取れるから戻れるけど、それ以前はタイムマシンの受取先がないから戻れないんだよ」
「確かに、それだったら大いにあり得そうだな」
くだらない内容だったらぶっ飛ばしてやろうと思っていたが、確かに納得できる話だった。「なんだ、そんなことだったのか」とトモヤは満足げに頷いた。
確かに面白い説ではあるが、それが正解かどうかはわからない。なんでトモヤはそんなに満足げなのかはよくわからなかったが、少しスッキリした気もする。
「あ、でもやばいかも」とトモヤが急に真剣な顔になる。どうしたのかヒロが聞くと、「いや、タイムマシンに詳しい俺たちを未来人が抹殺しに来たりしないかな」とトモヤはあたりを見回した。
「何言ってんだよお前」と笑いながらヒロはトモヤの肩を軽くはたく。「考えすぎか」とトモヤも笑った。
気がつくと、駅の目の前の交差点まで来ていた。「あ、もう駅か。俺今日ちょっと寄らなきゃいけないところあるんだよ。だからまた明日」そういうと、トモヤは交差点を渡らずに右へ曲がっていった。
「じゃあね」とトモヤと別れ、交差点が青になるのを待つ。今の時間はちょうど15時、電車の出発時間を考えると、少し早歩きした方が良さそうだ。
信号が青に変わる。イヤホンを付けて、音楽の再生ボタンを押すと爆音が流れる。「うるさ!あいつまたやりやがったな」急いで音量を下げ、後であいつにやり返してやろうとヒロは誓った。
やっとのことで、横断歩道を渡ろうと歩き出した瞬間、一瞬ヒロを日陰が覆う。ヒロは驚き首をすくめる、立ち止まって咄嗟に上を見上げるが、雲一つない快晴で飛行機も飛んでいない。鳥が上を通過しただけではあそこまで暗くならない。
なにがあったのかと立ち尽くしていると、交差点を信号無視した車が猛スピードで走り去っていった。「え?」思わず声が出てしまう。このまま渡っていたら轢かれていた?そう思うと背筋が凍り、しっかりと立っていることができなくなった。
車が来た方角を見る。トモヤが歩いて行った方角でもある。まだそんなに遠く離れていないはずだ。しかしトモヤの姿はない。
鼻に違和感を覚え触れてみる。赤い水?よく見ると、赤い斑点が道路にまき散らされている。
その斑点は車が来た方角の歩道のある点を起点として、一直線にこちらへ続いている。よく見るとヒロの服も赤い斑点で汚れていた。
斑点は自分を通り越して反対側に続き、街路樹の根元で終わっていた。
誰か倒れている。