就職活動(小説:22)
3月中旬、昼下がりの電車の中。
同じような色、同じような形のスーツを身に着けた若い男女があちこちに。
彼らは少し緊張をはらんだ様子で、電光板を見る。もう少しで目的の駅に到着する。
電車が完全に止まると、ドアが開かれ、一斉に電車を降りる。
駅の改札を抜け、目的のビルを見つけると、脇目も振らずただまっすぐ歩く。
スーツの色も相まって、遠目から見ると蟻が巣に戻るかのように、彼らは大きなビルに次々と吸い込まれていく。
個性を大切にしようとする動きが社会全体に広まりつつある中、この光景だけは相変わらず昔のまま。
似たような形に整えられ、大差ないことを口にする。
当事者にとっては一大イベントでも、会社側からしたら「またか」の一言。
両者の意気込みに明らかな温度差がある中、淡々と面接は行われる。
結局、会社側はそんなに学生のことを覚えていない。もちろん印象に強く残る学生も中にはいるが、ごく少数。
可もなく不可もない学生がほとんどであり、そうなると、見た目や学歴、資格の良い方から通過通知を出す。
その通知に学生は一喜一憂するかもしれないが、会社は事務的。そんなことを頭では理解しているが、やめるわけにもいかない。
ここにも就活中の学生が一人。名前はヨウイチ。可もなく不可もない大学に通う3年生。口癖は「まぁ、とりあえず」
「仕事にしたいこと、一生を通してやりたいことは?」なんて聞かれるとパッと出てこない。
もちろん、就活用の答えは持っているが、「じゃあ本当にそれがやりたいの?」なんて問い詰められたら、心から「はい!」なんて言えない。
サークルの先輩から、「迷いながらやることが就活」なんて言われるが、そう言われたところでやっぱり迷いたくないと思うのが常で。
自分が向いていることは何だろうと考えると、今まで自信あったものが噓のように消えていて、全然思いつかない。
色々考えているうちに働く意味なんてあるのかなと考え始めてしまう。
そんな折にテレビで登山家のインタビューが流れた。
一番最初に、「どうして山に登るのですか?」というありきたりな、それでいてお約束の質問。
登山家は迷うことなく「そこに山があるから」と言った。ヨウイチは、「それで成立するんだからいいよな」と思わずにはいられない。
インタビュアーが続けて質問する。「山に登ることは楽しいですか?」
登山家は「もちろん」と笑顔で答えた。
「ただ、楽しいことばかりではなく、山は劣悪な環境ですから、食事やトイレなどはどうしてもストレスはかかりますし、海外の山を登るときには現地の言葉を覚えないといけない。凍傷で足を切断する話もあったり、と楽しいことばかりではないですね」と続ける。
「足の切断!そこまでしても山に登りたいと思うのですか?」少し不躾な聞き方であったが、登山家は穏やかに笑った。
「そうですよね、あまり理解はできないですよね。人によってはくだらないと思うかもしれない。でそれでも、その山に登りたくて仕方がないのだから、足の1本が犠牲になることは覚悟しています」と真っ直ぐ答えた。
その姿は、羨ましくもあり、カッコ良くもあった。この人はそれ以上でもそれ以下でもなく、本当にそこに山があるから登っているということを感じる他なかった。
結局、なぜ山に登るかの理由は判然としない。でもそれでいいのだろう。やりたいことに理由なんていらないのかもしれない。
自分が人生を通してやりたいことは何だろう、今までで一番楽しかった瞬間は何だろう。ヨウイチは考えてみた。
思い出されるのは友達と遊んだ日々。目的もなく集まり、何をするでもなく話し合う。旅行の計画立てようと言い、集まったものの結局ゲームをする。
そんな日々を思い出すと少し元気が出る。
仲間と楽しいことをもっとしたい。これがヨウイチの思いだった。
抽象的でありきたりかもしれない、でもこれがしたいのだから仕方がない。
ヨウイチはテレビを消すと立ち上がり、一つ伸びをする。
「まぁ、とりあえず頑張りますか」
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