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白い軌跡が次々と浮かび上がっていく海を、私はボーッと眺めている。船が波を切る音と大きなモーター音だけが聴こえている連絡船。旅行客と思しき人達も乗っている。 静かな海とはほど遠いので情緒も何もあったものではないが、故郷に帰っているという実感が湧いてくる。 『四方を海に囲まれた島ではあるが、観光地としての開発が進んでいるので大きな不便はない』 他国から日本を評したような評価がついているのが私の故郷である離島だ。満員電車に揺られるような喧騒には縁がないが、離島にありがちな過
1.旅立ち 「島田さん。宇宙、行きませんか」 職場の後輩である里村が、昼休憩から戻るや否や笑顔で声を掛けてくる。これから業務を開始するとは思えない良い笑顔だ。 「なんか新メニューでもあったのか?俺は火星丼一筋だが。どうせなら昼に行く前に誘えよ」 俺はそう返しながら立ち上がって伸びをする。宇宙か。あそこ量が多いんだよな。久しぶりに行くか。 「定食屋の方の話だと思ってますよね?いきなりだからそう考えるのも仕方ないですけれど。これを見て下さい」 里村はウェアラブル端末か
梅の盛りも終わり、桜の蕾が今にも開花しそうなこの頃となりました。 春が訪れたと言うにはまだ少し肌寒いですが、それもあなたは季節の趣と楽しむのでしょうね。 さて、この度お知らせしないといけない事があり、重い筆をとらせて頂きました。 先月の末、珠代が永い眠りについた事をご報告します。 家にいると、何度も何度も実感するのですが、いざ文面にすると手が震えてしまい、乱れた文字になってしまいます。 我が事ながら情けないと思いますが、中々ままならないものですね。 も
前書き この短編はTwitterで募集した単語を基に作成されています。ご協力頂きました皆様、有難うございました! 使用させて頂いた単語はあとがきにあります 以下本編 私の家の近くの神社には、他の受け入れを許さない独特の雰囲気がある。 川のせせらぎだけが聴こえるとても静かな神社なのだが、普段の参拝者はほとんどいないのではないだろうか。 神様を祀っているのに大変申し訳ない感想ではあるけれど、神々しさとは無縁の不気味としか表現出来ない場所だ。 まず御神木が柳である事からして
夜の海には引き込まれるような魅力がある。月明かりしか頼る光がないにもかかわらず、海の姿は何故かはっきり見ることが出来るのが不思議だ。 街中とは明かりの質が違うのかもしれない。さざなみの音に囲まれながら、私はぼーっと海を見ている。 「肝試しに行こうぜ!」 悟からいきなり電話が来たのが二時間前だ。夜中の十時。仮にも女の子を誘う動機に肝試しとは、正気の沙汰とは思えない。 「あんた、そういう所だと思うよ」 心の底から出すことが出来た、『呆れてますよ?』という感じの声で私
前書き この短編は以下の短編にリンクしているので、もしかすると読んで頂いた方が分かりやすいかも知れません。 【短編ホラー】お稲荷様 【短編ホラー】夜の海にて 以下本編 私が終わらせなければならない。 あれから幾星霜。悠久とも思える修練の日々を私は過ごしてきた。 自身の掌を見ると、深く刻まれた皺と分厚い手の皮がそこある。 十分な修練を積んできたつもりだが、成功を確信するに至る程の自信は遂に得られなかった。 だが、時間がもうあまり残されていない。私は天を仰いで
「突然だが、僕は自由だ!」 田中がこんな感じで変な事を言い出すのは珍しい事ではない。なぜなら、真面目に相手をする人がいるからだ。 「どういう風に?」 やはり杉原は興味津々といった様子で聴いている。お優しいことだ。荒らしは反応するからつけ上がるんだぞ。 「僕は親から掛けられている期待もなく、反面自分への期待感はとても大きいからだ」 田中はなぜか誇らしそうだが、今回ばかりは少し興味深い事を話している気がする。 「つまり?」 杉原は田中に好奇の目を向けながら聴