おちんぽナイト 第二章
あれからどれくらい経っただろうか。
だいぶ長いこと呪い界にいる。チンポ以外が鎧で覆われていたあの頃。……懐かしい。いや、思い出に浸っている場合ではない。俺は忙しいのだ。
ここでは全員、スーツを着ている。書類も多い。とにかくやる事がある。しかし、我々は疲れるという事を知らないので、無限に動ける。使命を持ってやっている。
俺に呪いをかけたノロイ・マスのことだが、あれは偽名だ。というか、我々は現世の人間と接触する際、必ずこの名前を名乗る。必ずしも接触しないとダメというわけではないが。ちなみに、俺を呪った先輩は天国に行った。ここへ来て初めて、天国と地獄が実在することを知らされた。元々あるとは思っていたが、存在することが確定したのだ。そして、俺が天国に行くことも確定している。あの先輩と同じように、現世の人間と交代して。ちなみに、呪い界の住人は全員天国に行くことが確定している。元々は呪われた人間たちで構成された組織だ。これも『均衡』ってやつだな。
さて。この世界はマルチバースだ。多数の宇宙が存在する。俺がいた世界、宇宙 No.8は、ファンタジーという概念の元に形成されていたらしい。俺がいかにちっぽけな世界にいたかがよくわかる。
俺の最後の任務は、宇宙 No.27にいる人間を呪うこと。ここは今、西暦2138年という時代になっている。人類は飛躍的な発展を遂げていた。だが、俺たちがいなければそんな世界も簡単に滅んでしまう。
『均衡』の話をしよう。
我々が呪わなければ天変地異が起こって人類が滅ぶ、というのは、呪い全書の1ページに書かれている基本事項だ。しかし、滅ばない程度の天変地異や人類と関係がない天変地異は我々の管轄外である。例えば宇宙 No.3で「隕石が衝突し、恐竜が絶滅した」という事象は我々とは全く関係がない。
つまり、我々はあくまで人類に直接関わることのみに携わっている。ひょっとしたら、我々にも知らない世界があり、そこでも均衡が発動しているのかもしれない。(補足として、ひとつの宇宙に人間が住む星はひとつしかない)
そしてその均衡は、宇宙にも存在している。例えば、宇宙 No.1の均衡と宇宙 No.2の均衡は全く違う法則で動いている。
今回の任務で訪れる宇宙 No.27。もちろんここにも均衡がある。俺が呪いをかける人物というのはすでに決まっているが、なぜその人物なのかという元を辿ると、その日に死んだ別の人物が関係してくる。その人物の名前は化視華マヤ。交通事故により瀕死状態だったが、ホログラムになることで一命を取り留めた。しかし本来であれば彼女はそこで死ぬ予定だったらしい。というのを、死神から聞いた。
我々は死神界とも繋がりがある。死神は我々と似ているが、彼らは誰かを呪うということはしない。ひとりひとりの死の予定を管理し、魂を狩るのが仕事だ。我々よりも多忙な日を送っているだろう。呪う人物を厳選するのが我々の仕事だが、死神は全ての宇宙、全ての人類の死を管理しているのだ。頭が下がる。
そういう理由から、死神界は規模も段違いにデカい。人間界に例えるなら、我々が一個の企業だとすると、死神界はひとつの国だ。それほどまでに違う。
そして、我々が呪う人物に関しては、死神界の管轄から外れる。呪いをかけた人物が、我々と同じになるからだ。
話を戻そう。その化視華マヤのことだが、死神の話によると、人間界のテクノロジーの進歩に死神界の対応が追いついてなかったらしい。まぁ簡単に言えば、死神界が犯したミスということになる。彼らは書類の書き直しや古いデータのアップデートを、化視華マヤがホログラム化した後に完了したのだ。俺は、よくそこで食い止めたと拍手を送りたい。
化視華マヤがホログラムになったとき、その世界ではまだ数えるほどしかホログラムになった人物はいなかった。つまり、他の人物も死の予定を回避していたということになる。
が、今の宇宙 No.27は2138年。化視華マヤがホログラムになってから63年経っているわけだが、この段階でホログラムになった人物はこの世界で42万2077人。これは、化視華マヤの影響が大きいと言われているが、真相はわからない。
死神界は早期のアップデートにより、ホログラム人間ありきで死の予定を管理することになったというワケだ。
そしてだ。その影響が我々呪い界にもくるわけだが、この2138年という年は、化視華マヤが寿命で死ぬ日でもある。しかし、この死は残念ながら死神界のアップデートの中には含まれていない。つまり、俺は均衡を保つため、この日に人間を呪わなければならないのだ。アップデート前にホログラム化した人物に関連する対応も、我々でとっている。
死神界のことはリスペクトしているが、今回に関しては死神界の完全な尻拭いであるという事だけは言っておきたい。その件で天国に行くというのも、まぁ俺らしいが。
さて。俺はチンポ呪い専門だ。これはすでに決められているワケではない。呪いの種類は自由に決められる。ではなぜあれほど俺を苦しめたチンポ呪いにしたか。呪われた人間は俺と同じ目に遭って欲しいからだ。
呪いをかける人物の名前は蒼 月時(そう げつじ)。ナイトクラブの用心棒をしている。なぜこの人間かというと、俺の呪いのコンセプトにピッタリだからだ。もちろんナイトクラブにもかかっている。化視華マヤの件と比べるとしょうもない理由だが、おそらく、先輩も似たような感性で俺のことを選んだはずだ。なかなかいい名前だが、残念ながら今日から『ホログラムおちんぽナイト』として生きてもらう。
俺の名前はホログラムおちんぽナイト。チンポ以外がホログラムで覆われる呪いをかけられた。誰に呪われたかはわからない。名前が長いので、他人にはホロと呼ばせている。ナイトクラブの用心棒をしているが、正直な話、ナメられる。チンポの話ではない。例えそっち側の話になったとしても、俺には性欲がないので応えることは出来ない。とんでもない力を手に入れたが、金玉を蹴り上げられたら為す術がない。
俺はナイトクラブのオーナーに感謝しなければならない。本来であれば、こんなやつは店に置きたくない。俺がオーナーなら、店を追い出す。
まぁ、何人束になってかかってきたところで目を閉じてでも返り討ちに出来るが、チンポを疎かにしてしまうと
──さて。彼にはナイトとしての役割を果たしてもらうため、この時代に見合った剣を持たせた。素手でも充分強いが、ナイトである以上は剣を持ってもらう。青白いネオン管のようなカッコイイ剣だ。帯電している。彼自身は触れても問題ない。チンポ以外は。
基本的には俺のおちんぽナイト時代と同じ能力を授けたが、ひとつだけ違うのは、物体をすり抜けられることだ。チンポ以外は。つまりまぁ、使い所が限られるためにあまり使えないということだ。
俺がおちんぽナイトだった時、先輩は俺が死の予定を連続で回避したために介入したと言っていた。が、そんな事は出来ない。呪った人間をこちら側に引き入れるタイミングは自由だが、死の予定など我々にはわからない。それに、呪いをかけられた人間は死ぬことがない。死神界の管轄から外れるからだ。
つまり、あの先輩は死神を気取ってあれこれ言っていたという事だ。ひょっとしたら死神に憧れすぎて、本当にそういう事ができると信じ込んでいたのかもしれない。
まぁ気持ちはわかる。隣の芝生は青く見えるからな。実際、俺から見ても死神はカッコイイと思う。だが他の業界の仕事を自分がした事のように語るのはダメだ。これを知ってから、俺の先輩に対する評価は著しく下がった。
そろそろ、呪いをかけた人物と接触する。接触せず、機械的に呪われた人間をこちらに引き入れる者もいるが、基本的には接触する。ケジメみたいなものだ。人間界で例えるなら、結婚を決めた相手の親に会いに行くような感覚だ。状況は全く違うがな。さてと。
「お前を呪った張本人、ノロイ・マスだ。今お前の脳内に直接語りかけている」
(て、てめぇ!俺の人生を狂わせやがって!)
「申し訳ないが、その逆だ。物事は順調に進んでいる。色々言っても理解出来なさそうだから端的に話すが、お前はもうすぐ、自身のチンポを破壊する。自らの手によってな」
(は?何言ってんだてめぇ!ラリッてんのか!?……あぁ、お前あれか?第二現実のオーナーか?それでこんな、現実にまで侵食して楽しんでるってワケか)
第二現実。この世界で2086年に導入された。個人個人が思い描く空想の世界を、丸ごと現実のようにつくりあげてしまうシステムだ。人類が現実逃避する場所としてはこれ以上ないが、現実に帰ってこれない者が多数出たことで社会問題になっていた。
2120年辺りでシステムは成熟し、完全な現実となった。それはつまり、現実との境がわからなくなってしまった事を意味する。そのため、人類は脳にチップを埋め込んだ。境がわかるようになるための。
現実に侵食してなんたらの話はよくわからない。こいつが毎日酒浸りで支離滅裂なことばかり言ってるから、その影響だろう。こいつは呪いに負けたんだ。ナイトの名前をあげなければ良かったよ。
「もういい。お前の話は聞きたくない。剣はどうした?」
(あ?邪魔くせぇから売ったわ)
「そうか。無駄話もここで終わりだ。じゃあな」
(な、なんだ?右手が勝手に……い、イヤだ、チンポが破壊される、死にたくない、やめろ!!)
……ん?そうか、忘れていた。ホログラムが物体をすり抜けることを。だが、イメージさえしなければそれは起こらない。
「おい、ちゃんとチンポを破壊しろ。すり抜けるな」
(な、何言ってんだてめぇは。そんな事やるわけねぇだろ。で、でも助かったぜ)
やってしまった。これは呪い界の中で歴史に残る出来事かもしれない。
人間との接触は一度きりだ。出直すことは出来ない。失敗すれば、地獄行きが確定する。これは呪い全書の2ページに例外として書かれているが、人間との『交代』を失敗するというのは聞いたことがない。しかも、こいつは不死のまま生き続けることになる。
詰めが、甘かった。
「おちんぽナイトです!地獄のことよくわかりませんが、よろしくお願いします!」