見出し画像

ホログラム探偵 化視華マヤ -プロローグ-


私の名前は化視華かしげマヤ。探偵をしている。ホログラムだ。体がホログラムなの。なぜかって?事故って体の機能を失ったから。私が申請したんだ。ドナー登録と一緒の希望でね。

3年前の2075年8月2日。防げない事故だった。安全運転で走ってた。だけど、アウトロー集団《トネハスラカ》の暴走車が、私が運転するミニクパーの土手っ腹に突っ込んできた。
科学の発達で事故が減ったって?センサーを故意に切ってる連中には関係のない話ね。だけど、そんなことは普通ならしない。事故りたくないからね。トネハはこの街の癌だ。警察はこいつらの対応に追われるのが仕事だ。
夏になれば奴らは活発化する。ねろう祭りがあるから。私が事故ったのも祭り期間中だ。ただでさえ鼻つまみ者のトネハが狂人化する厄介な期間でもある。
諸説あるが、ねろうは寝狼と書く。狼は街自体を示していて、祭りが『起』だとすると、その時の街は『寝狼』ということらしい。狼である理由は、昔はこの一帯が狼の生息地であったことに起因している。ねろう祭り自体は昔からある。太鼓を打ち鳴らし、様々な動物を模した大きなホログラムが街を練り歩く。ハハ、私の仲間だね。昔は木の骨組みと紙で出来た人形だったらしいけど、時代とともに変わったみたいだ。その祭りでバカ騒ぎしていたのがトネハスラカの連中だ。こいつらは昔から変わってないけど、今のねろう祭りにトネハは立ち入り禁止になっている。そして、今ではほぼ使われなくなった都狩弁つがるべんも喋る。40年くらい前まではこの街でも一般的な言語だったらしいけどね。私が産まれる前の話だ。

少し話が脱線したわね。事故ったとき、回転する車の中で私は激しく全身を打ちつけられた。おそらく、四肢が明後日の方を向いていた。激痛どころではない。逆さまになった車内で、私の記憶はシャットダウンした。

気がつくと、私はカプセルの中にいた。立った状態。体の後ろを何かで固定されていた。研究所だろうか。ここの職員らしき白衣を着た人物が数名、作業に没頭している。目の前には大きなタンク。青い液体に、絶えず発生する泡。視界が妙にくっきりしていた。薬品、鉄、空調の風、化粧。それらが混じり合った匂い。手を見る。……あぁ、そうか。私、ホログラムになったんだ。半透明の薄いピンク色の右手にノイズが走っている。両手を合わせてみる。自分の手だけど違う。不思議な感じ。体を見る。私のだけど、そうじゃない。何も着てないけど、寒さは感じない。別人になった気分。万能感さえ感じる。透明な楕円形の扉がゆっくり開いた。

「目覚めましたか。気分はどうですか?」

白衣の女の人が来て言う。胸まであるストレートで黒のロングヘアに、所々青いメッシュが入っている。太い黒縁メガネ。口紅の赤さが際立つ唇。知的に見えるけど、遊んでもいるだろうと思わせる雰囲気だった。ネームプレートに超崎ちょうざきと書かれている。

「悪くないかもね」

もう一度、自分の両手を見ながら言う。

「それは良かったです。事故から1ヶ月と7日経ちました。あなたは即死級の事故に遭いましたが、奇跡的に一命を取り留めてここにいます。ドナー登録もしてましたので、唯一損傷のなかった眼球の摘出とホログラム化を同時に行いました。経過は良好。あなたはこれから、ホログラムとして生きていく事になります」

電子ファイルを操作する姿が似合っている。

「相手はどうなったの?」
「ほぼ無傷で生きてます。捕まりましたが」
「そっか……あ、服って着てもいいんだよね?」
「大丈夫です。事故の際に着用していた服はもう着れませんので、気に入るかどうかわかりませんが、私の方で簡単なものではありますが準備しておきました。服代はサービスです」
「ありがとう。オシャレそうなあなたが選んだんだから間違いないわね。あと、そんな日数でホログラムになれるもんなんだ」
「科学の進歩というのは凄いものです。しかし、かなり繊細な作業をする事になりますので、相応の費用は発生します。普段の手術とはワケが違いますから」
「普段の手術?」
「あぁえっと、ここってどこだかわかります?」
「どこなの?」
飛咲ひさき大学医学部附属病院の地下です」
「さすが、この街で一番大きな病院なだけあるわね」
「だいぶ社会貢献出来ていると自負してます」
「私のこれは免許証を見て判断した感じ?」
「そうです。あなたの様な人は希少です。肉体が存在したときにやれていた事が出来なくなるわけですから。寿命はホログラム化しても変わらないですが、ほとんどの人は選択しません。費用もかかりますし」

それは知っていた。ホログラム化する際の注意事項を熟読して合意したんだ。
ちなみに、死んでしまったらホログラムにはなれない。じゃあ生きてる間になればいいと思うかもしれないけど、高額の費用と合わせたこれらのデメリットを飲み込み、自らの意思でなろうとまでは思わない。少なくとも、この国にそんな人はいない。

「食事、睡眠、排泄……子供、セックス。出来なくなる事と言えばこの辺りだよね」

超崎さんが微笑んだ。

「その通りです。でもメリットがあるからホログラム化を望んだ。ですよね?」
「えぇ。味覚を除く、四感の鋭敏化。物体のすり抜け。衝撃と痛み、疲労や病気の無効化。つまり、寿命以外で死なない。探偵を続けるために便利な能力が備わってる。そして費用もちゃんと払える。適任だと思わない?」

超崎さんは感心した様子で拍手をした。

「素晴らしい!あなたをホログラムにした甲斐がありました。以前、よく理解されずにホログラム化された方がいたのですが、前の体に戻せとうるさくてね……仕方なく回路を遮断して差し上げました。費用も用意してなかったみたいで。家を売って解決しました。あなたももし辛くなれば回路を遮断してあげますので、そのときは言ってくださいね」

あのとき超崎さんが言ってたように辛くなったら頼むことも出来るけど、私に限ってはないと思う。3年経ってだいぶこの体の扱い方もわかってきたしね。
ちなみに、ホログラム化すれば物体をすり抜けられるワケだけど、これに関してはメリットでもありデメリットでもあるという感じ。例えば椅子には普通に座れるけど、深く座ろうとすると床に尻もちを付いてしまうこともある。イメージのコントロールが必要になってくるから少し面倒な部分よね。着てる服は貫通しないから、完全に壁の向こう側に行くためには全裸にならないといけないし。そして、この能力は犯罪に使うにはもってこいなワケだけど、セキュリティに異常信号として即座にキャッチされるから無理ね。今の時代、りんご畑ですら侵入するのは困難なわけで。
あと、一番寂しさを感じたのはセックスが出来なくなった事。自慢じゃないけど、私はヤリマンと言われる類いの女だった。依頼者とヤった事もある。探偵という言葉の響きと私の美貌が合わさり、モテにモテた。それを捨てるという寂しさはある。幸い、今の私には性欲がない。セックスが出来なくなったのに性欲があるという愚を避けてくれたのはグッジョブだ。
午前4時。眠ることがないというのは暇な時間が増えたという事だけど、前向きに捉えれば、行動できる時間が増えたという事。デメリットはメリットでもあるのよね。食事もそう。美味しいものを食べる事が出来なくなったのは確かにマイナス。でも、そこに割く時間が要らなくなったとも言えるわけ。入浴する必要も無くなった。出来なくなったのではなく、体が汚れる事がないからする必要が無くなったという感じ。生理も無くなった。これもメリット。排泄に関してはメリットしかない。トイレに行かなくていいんだからね。だけど、私はたまにトイレに行く。あの頃の気持ちを忘れたくないから。
こんな体になったけど後悔はしてない。この仕事を続けられるから。
日が昇ってきた。タクシーが上空を通過していく。さぁ、今日も忙しくなるわ。

いいなと思ったら応援しよう!