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ホログラム探偵 化視華マヤ 《ウィザード》

2078年6月13日。AM2時。飛咲ひさき市の雨は、1週間ほど続いていた。私はシエンくんと欧打おうだくんと一緒に、警察署に来ていた。現場へ全員で向かうときは大体シエンくんの車だけど、今日は欧打くんの運転。ハーマは頑丈だから。

「警察署を襲撃する奴なんているんですかね?ふわぁ〜眠いっすよ俺」
「普通はしないわね。そんな事したら、誰であろうと極刑は免れないわよ」
「イタズラだとは思いますが、要請されたので来ないわけにはいかないですしね」

先ほど、飛咲市の警察署に襲撃を決行する旨の声が響いたらしい。性別のわからない、何重にも加工された声だったと。まぁ要するにハッキングされたわけだけど、例えイタズラだとしても脅威だ。そんな連中、ほっておけない。だけど相手がわからない以上、こちらからは手出し出来ない。
すると、フォーン……という気の抜けた音がした。明かりが消える。警察署のブレーカーが落ちたのだ。ザワつく署内。
そのとき、私のインナーフォンが起動した。

《外に出てきてくれる〜?あなただけね》

わざわざ脳波モードで話しかけてきた。若い女性の声。誰かはわからない。やや無邪気な印象を受ける。

「ごめん、ちょっと外に出る。あなたたちは付いてこなくていいわ」

全員の視線を集める中、私は雨が降りしきる路上に出た。ホログラムだから、雨に濡れても関係ない。服も自動乾燥させたらいい。
ホログラムディスプレイのない自販機から火花が散っている。辺りが暗い。街灯が消えていた。そのとき、誰かがこちらに歩いてくるのが見えた。右手に……電撃?
女が現れた。不敵な笑みを浮かべている。
私よりも頭ひとつ分高い身長。肩まであるウェーブのかかった長い黒髪。翡翠のイヤリング。濃い化粧。太い眉。パッチリとした青い瞳。紫の唇。西洋人の顔立ち。紫色のジャケット。大きなバックルのベルト。茶色のロングスカート。つま先とかかとが異様に尖ったブーツ。見た目的に20代半ばぐらいだろうか。若いのにやや古風な印象も受ける。

「ごめんね、こんな雨の中」

女は帯電した右手を胸の辺りまで上げ、更に近づいてくる。攻撃する意思はなさそうだった。光源として利用しているのだろう。女の顔が青白く照らされる。女の髪は雨でびしょ濡れだけど、お構いなしといった感じだ。

「どういう要件かしら」
「忠告しにきたの」

女は不敵な笑みを崩さなかった。

「忠告?」
「そ。天狗になってるあなたへの忠告」
「どういう事かしら」
「ピンときてないようだから教えてあげる。あなたはホログラムに生まれ変わって不死身になったと思ってるようだけど、それは大きな間違い」

女は手のひらに浮かばせていた電撃の球を人差し指の先端に移動させると、私の胸を軽く突いてきた。

痛み……!?

しばらく経験していなかった衝撃に、唖然とするしかなかった。

「あたしさ、いつでもあなたの事、殺れるんだ」

背筋が凍った。
寒さも暑さも感じない体なのに。

「でも安心して。あたしにあなたを殺すメリットはないから。今のとこね」

ブゥン、という音が背後から聞こえた。振り返ると、警察署の明かりが戻っていた。前を向く。女は消えていた。街灯の明かりが戻っている。自販機は変わらず火花を飛び散らせている。少し安心した自分がいたけど、すぐにインナーフォンが起動した。

《マヤ、まずは中に戻ってみんなを安心させて。あんたが席を外した理由は、インナーフォンがハッキングされたから。そう告げること。みんなが帰ったあと、あんたは朝がきたら通常の業務に戻る。そして夜の21時。駅前の居酒屋、ALISUアリスまで来て。今言ったこと、全て厳守して。そうしなかった場合は……うふふ》

切れた。この女に従わないと、確実に私の命はない。
……警察署が所有するドローンが、赤い目を点滅させながら足元に転がっていた。


──21時。私は言われるがまま、居酒屋ALISUに足を運んだ。

「良かった〜来てくれて」

女は最初に会ったときと全く同じ服で待っていたけど、初めて会ったときよりもやや幼く見えた。店内は月曜ということもあり、人はまばらだった。

「いらっしゃ……あっ、こちらへ」

店主は私のことも女のことも知っているといった感じで、奥の黒いドアの前まで案内した。ドアの上にある、横に長く赤いライト。店主がドアの前に立つと、緑に変わった。

「どうぞごゆっくり」

ドアがスッと横に開く。5mほどの細い通路。コンクリートの壁には、蔦が這っていた。先には年季の入った木のドア。すぐ上にレトロな白色灯の電球がひとつ。今どき珍しい、ドアノブがついた手動で開くタイプのドアだ。やや無機質な居酒屋の店内とは雰囲気が違う。異質だった。

「ふふ、ようこそ」

女が得意の不敵な笑みを浮かべると、ドアを開けて私を先に通した。
淡く暗い、紫色の照明が部屋全体に照らされていた。広さは居酒屋の半分ほど。丸太を積み重ねたかのような壁。等間隔で壁に埋め込まれた数本のロウソクが、正方形のアクリルケースの中で怪しく揺れている。素朴な木の丸テーブル。丸椅子。カウンター。棚に綺麗に配列された数々のお酒。一人の男。

「お待ちしておりました。お飲み物は……おっと、そうでしたね。ネオンウィッチ、あなたは迅雷でいいですね?」

この男がここのマスターということだろうか。190cmはありそうな身長。右から左へ、整髪料でピッチリと流された綺麗な七三分け。頬がこけるほど痩せているけど、筋肉質。シンプルな白いシャツに黒い蝶ネクタイが似合っている。
それと……この男はホログラム人間の特性を知っている?私に飲み物を勧めるのをやめた。そしてネオンウィッチ。この女の名前?いや、おそらく通り名みたいなもの。本名は隠してあると思う。そして、なぜかはわからないけど、ネオンウィッチという言葉を聞いたとき、奇妙な感覚を覚えた。私が操られているような、手のひらで転がされているような、そんな感覚。あとは迅雷。生身の人間が飲んだら、舌が痺れて全身が感電、最悪死ぬというカクテル。昔、ジンライムだと思って飲んだ客が死んだ事件があった。もともとグレーゾーンのお酒だったけど、提供した店が摘発されたことで

「お〜い。マヤ?マヤ〜〜」

ハッと我に帰った。

「あなたね、最初から思ってたけど何で呼び捨てなのよ」
「え?だってあんたよりあたしの方が何倍も年上だしぃ」

何倍……?

「ふふ。ちゃんと段階を踏んで教えてあげる。そのために呼んだんだから。まずはあたし。そしてこちらのマスター。二人ともウィザード」

ウィザード。存在する、ということは知っていた。魔法を使う種族。都市伝説のカテゴリーに入れる人もいる。

「あたしはネオンウィッチ。マスターは、ウォーターウィザード。基本はマスター呼びだけど」
「それは本名とかではないんでしょ?」
「そ。ただの属性。本名は滅多に人に教えないかな。あたしだってマスターの名前わからないもの」
「自分も彼女の名前はわかりませんし、それで困ったことはございません」
「あたしも〜。ちなみにウィザードは元々男の魔術師を指す言葉だったけど、後々魔術師全体を指す言葉に変化していったの」

ネオンウィッチが迅雷を一気飲みする。催促されたマスターが、新たな迅雷を用意した。

「警察署の件、ごめんね。あぁでもしないと、あなたとゆっくり話が出来ないと思って。あとは、あぁいう事も出来るっていう、お知らせ?」
「……二人でやったの?」
「マスターは何もしてないわ。あたしだけ。ちなみに、ウィザードはハッキングのことも指してるからね」

この種族、厄介ね。今の時点では脅威になることは無いと思うけど、これから先、ふとしたきっかけで大きな争いに発展する可能性はある。

「あなた、年齢は?」

ネオンウィッチがつまみとして出されたハバネロを、まるでスナック菓子のように食べている。

「524歳。マスターは何歳だっけ?」
「1008歳でございます」

驚いたといえば驚いたけど、現実味がなかった。

「魔女狩りって言葉、知ってる?あたし、それをくぐり抜けてきてるから。もちろんマスターも」
「……あなたは西洋人だと思うけど、なぜここにいるのかしら」
「この街が好きだから」
「それだけ?」
「それだけ。元々は日魂にっこんに興味があって凍共とうきょうに住んでたけど、この街って突然覚醒したでしょ?それに惹かれちゃってさ」
「なるほどね。私は地元民だけど、子供の頃と比べると凄まじい発展をしてると思うわ」
「雪の心配もいらないしね。あんたが産まれるもっと前は豪雪地帯だったんだから。ま、その頃は凍共にいたから関係ないんだけど」

飛咲市は2060年代辺りから、急激に都市が成長していった。理由は、異常気象により雪が降らなくなった事、ホログラム化によるねろう祭りの人気上昇、りんごの巨大産業化、車の空中移動化に伴う新たな交通網の構築、リニアの実現など、様々な要因があると言われている。
まぁそれによって、トネハスラカという歪みも生まれてしまったし、犯罪も激増した。

「ちょっと聞かせて。マスターがウォーターウィザードってことは、水を操れるってことなのかしら?そしてあなたはネオン……?」
「そうそう。あ、マスター、マヤになんか見せてやってよ」
「かしこまりました」

マスターが手のひらを出すと、突然水が湧き出し、上昇しながらうねり出した。それは更にうねり、小さな龍へと姿を変えた。
マスターが拳を素早く握ると、龍は砕け、水が私の顔にハネた。

「……すごいわね。原理はどうなってるのかしら」
「雨、水道水、海水、様々な場所から摂取しており、魔力に変換させております」
「摂取……?」
「あぁ、あたしらってさ、属性そのものに触れて体に吸収しとかないと還元出来ないんだよね。その点、水は楽よね。どこにでもあるし。家にいて水道水に手を触れさせるだけでいいんだから」
「楽をさせてもらってます」
「あたしは面倒〜。ネオンを探して触れにいかないとダメだし。あ、自分で買うのはNGね。お店の" 美味しい " ネオンに敵わないから。人間の欲望が集まってて美味なの」
「ちょっと待って、あなたが産まれたときはネオンなんてなかったわよね?何かで代用していたのかしら?」
「正解〜」

この女、やけに楽しそうだ。

「昔はさ、小さなランプで魔力を得てたけど、周りからは才能ないって言われて落ちこぼれの烙印を押されてたんだよね。そりゃそうだよ。150年くらい前にようやく100%の魔力を使えるようになったんだから。今は140%くらいかな〜」
「あなたたちはそれをしないと生きられないのかしら。普通に生活することはできない?」
「あ〜ムリムリ。人間はさ、食べ物だけでいいじゃん?あたしらは食べ物プラス魔力だから。その代わり、食べる量は人間の半分以下だけどね」
「面白いわね」
「面白いのはマヤの方でしょ?食べなくていいんだから。寝なくていいし、排泄もいらない。素敵〜」
「でもセックスも出来ない」
「それは残念だよね〜。種を残せないなんて、あたしらにそんなのいたら迫害されちゃうかな〜」

少し悲しくなってしまった。

「あ〜ごめんごめん、デリケートな話題だったね。まぁあたしらは寿命が長い分、性欲がほとんどないから。ただ繁殖期が訪れたときの爆発力が凄いの」

ネオンウィッチが三杯目の迅雷を飲み干す。

「くぅ〜やっぱこのお酒ね〜。そうそう、この街ってさ、金玉に関する事件が多いと思わない?」
「そうね」
「なんでだかわかる?」
「あなたは知ってるのかしら?」
「わからない。でもね、あたしらの間で金玉ウィザードっていう都市伝説があって」
「金玉ウィザード……?」
「そ。金玉をエネルギーにしてるウィザード。色んな人の金玉を触って魔力を高めるの。その魔力は金玉を破裂させたり、金玉の能力を向上させたり出来るらしいの。ま、そんなのがいたら一族の笑い者だけどね」

ネオンウィッチはなぜかマスターの股間を見ている。
都市伝説が都市伝説を語っている姿は面白いけど、もしそれが事実だとしたら。
……あの時の花火師は金玉ウィザードだったのかもしれない。確か70近いおじさんだった。ウィザードだったら……1500歳くらい?擬態していた?金玉を破裂させて花火をつくるなんて、普通の人間に出来るのかしら。

「さて、そろそろお開きといきたいところだけど、まだ何か質問はある?」
「……今日のことを誰かに話したら」
「殺すよ」

ネオンウィッチの目つきがナイフのように鋭くなった。

「あ、今日はあたしの奢りね。マスター、お会計〜」
「いつもありがとうございます」


──翌日、仕事を終えた私は超崎ちょうざきさんのところに来ていた。インナーフォンで済ませることも出来るけど、私は超崎さんのファンだから何か聞きたいときはこうして会いにくる。相変わらずスタイルが良い。
彼女に会ったことは伏せておく。

「ウィザード、ですか。私たちが取り組んでることとは正反対の種族ですね」
「超崎さんは見たことあるの?」
「多分ですが。おそらく、あれがそうなのかなと思い当たる節はあります」
「あれ?」
「女性がネオン看板を触りながら歩いていました。すると看板は暗くなり、また明るくなった。あのときの女性はおそらくウィザード。看板から魔力を吸収していたのでしょう」

ネオンウィッチのことだ。

「超崎さんは信じるんだ?」
「都市伝説というのは、完全な架空話もありますが、大抵は何かの事象が誇張されて面白おかしくされています。彼女はおそらく人目を盗んで行動し、目撃してしまった一部の人間が都市伝説として広め、それが誇張されていったのでしょう」

都市伝説のウィザードはこうだ。
ある雨が降る夜、一人の女が疲れた様子で、足をふらつかせながら歩いていた。すると女は突然、天に拳を突き出す。瞬間、雷鳴が轟き、女に雷が落ちる。女は雄叫びを上げると、近くにいた屈強な男に手のひらから雷撃を放つ。男は黒焦げになって死ぬ。
っていうものだけど、あながち間違いでもないと思う。恐らく、やろうと思えばこの街を破壊できるくらいの能力は持ってる。でも彼女と接した感じ、この街が好きなんだろうなという気はしたし、なるべくなら人間に危害を加えたくない、という気持ちが見え隠れしていた。だけど、存在が明るみに出れば容赦なく攻撃する。悪魔的な側面と人間的な側面を併せ持つ種族なんだろう。

「ありがとう超崎さん、また何かあったらくるから」
「えぇ。いつでも」

事務所に戻ってひと息つく。私は天井を見ながら研究所のタンクの青い泡と、ファンタジー世界の魔女がかき混ぜている大鍋の泡を、重ね合わせていた。

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