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平穏な町の裏側

1. 引っ越しの日

「ここなら、穏やかに暮らせる。」

小田悠真(おだ ゆうま)は、そんな希望を胸にこの小さな田舎町へと引っ越してきた。東京の喧騒に疲れ、自然豊かなこの場所が新しい生活の舞台だ。田んぼが広がり、鳥のさえずりが響く町は、都会のストレスを忘れさせてくれるかのように静かで平和だった。

家の周りには古い木造家屋が点在し、車の通りもほとんどない。道を歩けば、近所の住民が笑顔で手を振ってくれる。表情も穏やかで、どこか懐かしさを感じさせる空気が流れている。

「これが、俺が探していた日常か…」

悠真は、ようやく見つけた理想の場所に安堵しつつ、家に戻って引っ越し作業を続ける。


2. 違和感の始まり

数日後、悠真は町を探索することにした。小さな商店、役場、駅と、一通り見て回り、道すがら声をかけてくる住民たちと立ち話を交わす。みんな親切で、町の良さを誇らしげに語る。

しかし、ふと気づいた。誰も「何かを隠しているような」気配を感じるのだ。小さな違和感が胸にわだかまりとして残る。目が合うたびに一瞬、住民の顔に浮かぶ奇妙な表情──それは笑顔の奥に隠された不安か、警戒か、何かを知っているような目だった。

そして、夜。町は昼間の静けさとは異なる、不穏な空気に包まれる。外からは、不規則な足音や低い話し声が聞こえてくる。誰かが道を歩いている? それとも何かが近づいている?

悠真は、カーテンの隙間からそっと外を覗いた。道には誰もいない。しかし、足音は確かに聞こえていた。まるで、目には見えない存在が自分の周りを歩き回っているかのように──。


3. 平穏の裏側

翌日、悠真は昼間のうちに町の人々と話をする機会を持とうと決意した。コンビニで出会った隣人の佐藤さんに、昨夜の音について尋ねてみる。

「夜? あぁ、この町は夜になると静かすぎるくらいだよ。何も心配することなんてないさ。君も、すぐに慣れるよ。」

佐藤さんは、曖昧な笑みを浮かべながら話をはぐらかすように応対する。しかし、その笑みの裏にはどこか冷たさがあった。悠真は、ますます疑念を深めた。

日が暮れる頃、町は再び異様な静けさに包まれた。外を歩く人影もなく、町の家々の窓は全てカーテンで覆われている。なぜか皆、夜になると一斉に家に閉じこもっているようだ。

「なぜ、誰も夜に外に出ないんだ?」

悠真は、その答えを探すため、町の奥にある古びた図書館に向かう。そこには、町の過去を知る手がかりがあるかもしれないと考えた。


4. 古びた記録

図書館は、人の気配もなく、古びた本棚が並んでいた。埃をかぶった古い新聞記事や資料が無造作に置かれている。悠真は「町の歴史」と書かれた棚を手探りで探りながら、一冊の古いアルバムのようなものを見つけた。

その中には、町で起こった過去の事件の記事が書かれていた。奇妙な失踪事件、住民同士のいざこざ、そして、何よりも恐ろしい儀式めいた集会の写真が掲載されていた。写真には、多くの住民が一堂に会し、夜中に何かを執り行っている様子が映し出されている。

「これは…なんだ?」

記事には、ある宗教的な儀式について触れられていた。町の平和を保つために、定期的に「生贄」が捧げられるという古い風習。それは公には廃止されたとされていたが、どうやら今も続いているらしい。

悠真はその瞬間、背筋が凍るような感覚に襲われた。


5. 真実との対峙

その夜、悠真は自分が何か恐ろしいことに巻き込まれつつあると確信した。これまでの違和感が一つに繋がり、彼を焦燥感で追い詰めていく。夜中、再び聞こえる足音と低い声。今度こそ確かめなければならない。

意を決し、悠真は家を出て、町の中心部にある古い教会へと向かった。そこが儀式の中心だと知ったからだ。

教会の裏手には、大勢の住民が集まっていた。悠真は物陰に隠れながら、その様子を観察する。目の前で繰り広げられているのは、彼が先ほど見た写真そのものだった。儀式は今も続いているのだ。

突然、誰かの手が肩に触れた。振り返ると、そこには笑顔を浮かべた佐藤さんが立っていた。

「君も…もう知ってしまったんだね。これがこの町の『平穏』を守るための真実だ。君にも手伝ってもらわないといけない。」

佐藤さんの声は穏やかだが、そこには冷酷さが滲んでいた。


6. 逃げられない町

悠真は必死に逃げ出そうとしたが、住民たちは彼を取り囲んでいた。逃げ場はない。彼らは平和そうな顔の裏に、異常なまでに従順で、冷徹な意志を隠していた。

「君も町の一部になるんだ。さあ、静かに…」

住民たちの手が悠真に伸びる。最後に見たのは、冷たく光る満月と、どこか遠くで笑っているかのような風の音だった。


7. 循環する恐怖

数週間後、この町に新しい住民が引っ越してきた。彼らはこの町の静けさと平穏に惹かれ、期待に胸を膨らませていた。住民たちはまた、にこやかに手を振って迎え入れる。

そして夜、また町は静かに、暗い影を纏い始める。



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